第2話 入学式 前編
〔1〕
「いやだ」
「仕方ないじゃないか。僕だって永愛ちゃんと離れるのは悲しいよ」
理由は単純明快————それは。
「あった!私の名前!!」
「うそー一緒のクラスじゃないじゃん‥‥マジショック〜」
新しい学校生活を始めるにおいて最大のターニングポイント。クラス割りだった。同じ友達と一緒になれた子離れた子、喜怒哀楽の感情がこの会場に渦巻いている。そしてその影響を受けているのは僕たちも例外ではなく。
「あの女嘘ついたね。私とまーくんは一緒のクラスになれるって言ってたのに」
「なれるかもって言ってただけで約束はしてなかったよ。あと無闇に包丁取り出すのやめてよ、怖いよ‥‥」
先ほどから張り出されたクラス割り表をずっと見つめている。彼女、日ノ森永愛が配属されたAクラスと僕、阿久津真尋が配属されたDクラス。他のB クラスとCクラスなど目もくれず交互に視線を移していた。
「あの永愛ちゃん?そろそろ機嫌直してよ。別に同じ学校にいるわけだしお昼休みとか会えるよ?そしたら一緒にお昼ご飯食べたりとかさ‥‥て聞いてる?」
「9人。女子らしき名前が9人まーくんのクラスにいる。どうやって排除するか考えないと」
「数えてたの!?やめてよ!僕の居場所無くなっちゃうから!!それに‥‥もう面倒ごとは起こしたくないよ」
「まーくん‥‥」
高校デビューとまでは言わないが僕はもう二度と過ちを繰り返したくない。決めたんだ。僕たちの元に先生が来たあの日から。
平凡で、普通で、目立たない学校生活を送りたい。彼女とか友達とかいなくていい。僕には永愛ちゃんさえいればそれでいい。それだけでいいんだ。
「そういえば永愛ちゃん入学式の答辞を務めるんだってね。やっぱ凄いよ新入生総代なんて。ほんと尊敬する」
「そんなこと—————私は貴方に」
伝えたいことがあった。それなのに喉元まで出かかった言葉を押し殺すように唇を噛み締め、彼に優しく微笑んだ。
今言うべき言葉じゃない。そんな気がしたから。
「ん?何か言った?」
「う、ううんなんでもない。えっと、それじゃあ行ってくるね?私の晴れ姿しっかり見ててよ?」
お願いします。と教職員であろう男性に会釈すると永愛は僕に一礼して入学式会場であるアリーナへと連れられて行った。
「入学式までまだ時間があるな。永愛ちゃんがいないし不安だけど学校の敷地を探検してみよっかな」
〔2〕
国立鳳凰大学。2455年に設立されたこの学校は日本政府が直接運営している将来の超能力者、サイキッカーを育成する機関として国内だけでなく世界的に名を馳せる。
そして北ノ森高校も含め鳳凰大学には附属の教育機関として東京の北ノ森、愛知の多田羅、京都の烏、石川の有馬。全部で四校設置されている。毎年決まって100名のサイキッカーが入学するため総勢400名。少ないように見えるが超能力を保持している割合は総人口の1割にも満たないため妥当な数値だろう。
とはいえ倍率は高く稀有な能力に恵まれたなら一度は入学を夢を見る。潜在的に眠る自分の力を最大限伸ばしてくれる環境が揃っている。他の学校では到底受けることはできない。そもそも超能力はまだ未開発の分野が多く、専門的な学部を擁する学校は少ない。そのためこの学校に入学できなかったサイキッカーはサイキッカーとしての将来を歩むことは難しくなる。
では入学したとしてサイキッカーの力は将来なんの役に立つ?と疑問を抱く人は多いだろうがまず断言しておく。エリートのサイキッカーとしてキャリアを歩むことが叶った場合、年収は軽く四桁を超える。つまり金銭面において確実な恩恵が与えられるのだ。
超能力はまだまだ未知なのは変わりはないが人智を超えた能力であることは確かだ。1000人を要する作業をサイキッカーがいればたった1人でこなすことができる。これ以上効率を底上げる手段はない。
研究職、建築職、運輸職などサイキッカーが活躍している職業は多い中、今最も脚光を浴びている職業がある。
それはサイキック・アスリート。超能力を用いてスポーツをする選手を指している。数百年前から存在しているサッカーやベースボール、バレーボールなどメジャースポーツも含めて近年では企業の看板を背負ったサイキッカーが躍動している。
以上のことから経済的な変化もあってかサイキッカーの存在は現代社会においての影響が根強い。
そう、だからこの学校は特殊な校則を持っている。
毎年絶えず退学者を輩出するエリート主義を体現した環境を作るために。選りすぐりのサイキッカーを育成するために。
「お、おい。アレって‥‥‥!!」
本棟を中心に広がった庭園を歩いていると、十数人の学生が束になって1人の女子生徒を囲っている光景に
「テレビの中でしか見たことなかったけどやっぱすげぇ可愛いなメル」
「この学校芸能界に精通する学生も多いってパパ言ってた。上手くいけばアイドルとかとワンチャン付き合えたりすんのかなー」
「バーカ。俺たちが何したって手の届く存在じゃないっての。まぁでもサインくらいは‥‥欲しいよな?」
2人の男子生徒は目が合うなり頷き合うと、囲っている集団に向かって駆け出した。
「アイドルか」
そういえば先生も言っていたな。ここの学校はメディアへの露出が多くかなり注目されるからある程度顔の知れた著名人が多く集まるって。アイドルもその1つなのかな?
少し気になるけどアイドルとか芸能人のことは
よく分からないし行ってもしょうがない。少し早いけどアリーナの方に——————
踵を返して歩いてきた道を引き返そうとすると、風船が割れたような音が一帯に響き渡った。
「え?」
反射的に振り向くとそこには先ほど僕の横で話をしていた男子生徒2人組がその場で尻餅をついていた。
「何すんだよお前!!」
「何すんだよはこっちの台詞でしょ?あんたらさ自分達が何してるのかわかってんの?」
声を荒げる男子生徒を1人の女子生徒が冷たい目で見下ろしている。どうやら彼女が地面に2人を押し倒した犯人らしい。
「は?別にいいだろ!俺たちだってメルのサイン欲しいんだからよ!お前らだけなんてずるいだろ!」
冷めた空気が頬を掠めると彼女達を中心に鋭い緊張が漂い始めた。
「な、なんだよ。別におかしいこと言ってねえだろうが!」
その空気を察したのは僕だけではない。当事者である彼らも同様に感じたようだ。それは僕も含め周辺の学生達に嘲笑われている感覚すら覚える。
「その青のライン。あんたらDクラスでしょ?Dランカーにしかなれない落ちこぼれの超能力者。そんな家畜と同等の存在がAランカーに軽々しく話しかけるのがおこがましいって言ってんの」
Dクラス‥‥‥
おそるおそる自分の着用している制服に縫われた青のラインを指でなぞる。今まで抱えていた違和感はこれだったんだ。目も合わしてもいないのに多方から刺さる視線。啜り笑う声。道中気づかなかったわけではなかったが気持ちいいものではなかった。だとしたらさっき永愛と一緒にいた僕はこの人たちから見たらどんな風に見えていたのだろう。
さっきまで僕に広がっていたこれからの胸躍らす学生生活。その未来が深く闇のかかったモヤによって埋め尽くされた気がする。
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