閑話休題(1):アイドルはお姉さまの夢を見るか

「今日のリオきゅん、ちょっと雰囲気が変わった気がする……」

「分かります、なんて言うか……いつもよりいい匂いがするというか……」

「感想が変態のそれやで、きみ」


 男三人が喫茶店に集まってパフェを堪能しつつ話している内容は、あのライブハウス集団昏倒事件から華麗な復活を果たした地下アイドル、葉月リオの話題だ。

 入院後はSNSの更新もされず、あわや引退の危機かと思われたが、半月後に復活ライブの告知があり、動画配信ではあるものの元気な姿をファンの前に見せた。

 そして今日、満を持して最初の復活ライブが行われた。

 以前と同じ、いや、以前にも増してパフォーマンスのキレが増したライブに、詰めかけたファンは歓喜した。ライブ後の特典会は、リオの体調を慮って撮り下ろしチェキのお渡しだけだったが、一人一人に向ける笑顔はいつにも増してまぶしかった。

 盛況の内に幕を閉じた、復活ライブ。その感想会が、古参ファン三人によってしめやかに行われている最中である。


「しかし、ファンサの笑顔がいつもより色っぽかったのは同意やな」


 サングラスに角刈りの男が腕組みしながらウンウンと首を振り、


「誰も言ってませんよ、それ……でも、分かります」


 ひょろっとした長髪の男がツッコみつつも軽く首肯し、


「リオきゅんのダブピで今日も世界平和助かる」


 太った丸刈りの男が噛み合わない話を出して一人納得している。

 三者三様の意見を交わしながら、男たちは溶けるパフェを削っていく。


「そう言えば、指ハートもらってたオタクいたな。うらやましい……」

「なんやと、それは聞き捨てならんな。誰やリオちゃんと勝手に結婚したんわ」

「ちょ、溶けたアイス飛ばさないでくださいよ……」


 丸刈り男の発言に角刈り男が振ったスプーンから飛んできたアイスに顔をしかめつつ、長髪の男は思い出したことを口にした。


「そうだ、お二人は知ってます? リオさんの投稿」

「アレやろ? コーヒーカップ二つのやつ」

「え、何それ知らない……」


 丸刈り男が一転してこの世の終わりみたいな表情をするのに苦笑して、角刈り男が自分のスマホを見せる。


「コレや。一週間前に、『リハの帰り』ってタイトルで投稿されたもんやな」

「……? 普通の喫茶店の写真では」

「写真の端を見てください」


 そう言って長髪の男が指さすところには、机の上に乗ったコーヒーカップ。よく見ると、画面の端に重なってもう一つのカップがある。


「……マネージャーさんの、とかじゃなくて?」

「リオちゃんのジャーマネはコーヒー飲まんことが過去の投稿から割り出されとる」

「ここのドリンク、種類ごとにカップが違うから、どっちもコーヒーなんですよね……」

「自分もだけどオタクこわ」


 謎の調査力に戦慄しつつも、動揺を隠しきれない丸刈り男。写真は喫茶店の中を写しているだけで他に人影もなく、確かに不自然ではある。


「リオきゅんに限って、そんな……」

「そこで、さっきの話や」

「さっきの?」

「せや。指ハートもろたオタク、もしかしたらソイツちゃうか、コレ」

「は!?」


 自分の発言に戻ってきたことを知って、二度驚愕する丸刈り。確かに、特典会ならともかく、リオがライブ中に指ハートを送るなんてレア中のレアだ。

 これはスキャンダルかもしれない。


「アイドルに恋愛は御法度……もうそんな時代じゃないかもしれないけど」

「我らがリオちゃんに相応しいかどうかは、見極めさせてもらわんとのぅ」

「ちょ、殺気出すのやめていただいて」


 そう言いつつも、何らかの決意を固める丸刈り男は、他の二人と一緒に黙々とパフェの残りを平らげるのだった。

 帰り道、謎の美男子に怪しい薬を勧められたが、三人は苛立たしげに口を揃えて断った。





 そして、次のライブの日。


「いつもは最前組の俺らも、今日は後方から監視や。サインを見逃すなや」

「なんか新鮮ですね、この景色」

「リオきゅんは遠くからでも輝いてるから……」


 三人組は最後方に陣取ってライブ観覧に備えていた。些細なファンサの違いも見逃さず、相手を特定するためだ。


「……よく考えたら、ただの厄介では?」

「よく考えたらアカン。推し事おしごとに必要なんは、空っぽの頭に詰め込んだ狂気だけや」

「思考が限界すぎません?」


 正気に戻ろうとする丸刈りを引き留める角刈りと、冷静にツッコむ長髪。

 そうこうしている間に、ライブが始まった。

 最初は腕を組んでじっとしていた三人だが、盛り上がってくるにつれて各々我慢出来ずにペンライトを振り始める。

 MCも終わって後半戦に入り、いよいよ最後の曲、というところで、それは起きた。


「「「!!」」」


 曲が始まり、イントロから歌入りする間に、リオが指ハートを作って投げるような動作をした。視線だけでなく、腕の動きも方向が一致している。

 視線も腕の角度も、最後方を指している!

 三人は見逃さず、一斉にその方向を見た。

 そこにいたのは。


「……?」


 パンキッシュなファッションに身を包んだ、紅い髪の女性。最後方のバーカウンターに寄りかかり、リオの方に軽く手を振ってから腕を組み直す。

 視線を感じたのか怪訝な顔でこちらを見たが、すぐに興味を失ったようにステージの方へ向き直った。

 ぎこちなく首を回し、ステージを見る三人。

 最後の曲が終わり、先の女性がさっさと会場を出てしまってから、三人は顔を見合わせてその場に崩れ落ちた。


「後方彼氏づらイケメン女子ッ!! 完敗やッ!!」

「絶対に『お姉さま』って呼ばれてるやつじゃないですか……」

「一周回って尊い……尊すぎて死んだわ」


 思い思いの感想を吐露し、肩をたたき合う。

 しばらくして厳かに立ちあがると、いつもの感想会にて『二人の間を見守る会』などを設立させるのだった。





「リオ。ファンは選んだ方が良いよ」

「ふぇ?」


 マリィからの突然の警告に、リオはわけも分からず首をかしげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る