僕が関東にある大学に合格し、単身で上京したのが二年前のことである。


 高校生の頃、進路学習の一環で取り寄せたその大学のパンフレットを読んだ際、そこで紹介されていた、施設が充実した広大なキャンパスと、他に調べていた大学よりも、興味のある分野を名一杯探求できそうなカリキュラムに惹かれ、名門私立大学への進学をかなり早い段階で志した。猛然と受験勉強に励み、難関校だったその大学の法学部に合格を果たした。


 しかし、入学してまもなく、新型コロナウイルスによるパンデミックが始まった。講義は全て対面式からオンラインに切り替えられたので、パンフレットの見開きのページに載っていたキャンパスで、新たな仲間たちと法律の学びを受けるという機会は、いとも簡単に奪われてしまった。


 下宿先の狭いアパートの部屋でZOOMによる講義を受けては、コンビニのバイトで稼いだ給料と親からの仕送りで静かに生活する日々。「大学生だからできること」ができない、そんな苦痛におよそ七百三十日間、耐えた。


 大学三回生になると、ようやく、制限緩和が進んだ。授業もコロナ禍以前の状態に戻され、僕はようやく夢にまで見たキャンパスライフを叶えることができた。


 長い夏休みを迎え、僕は地元へ帰省した。コロナのせいで、高校を卒業してからずっと帰れなかったふるさとには、どうしても、帰っておきたかった。


 久しぶりに会った両親は、僕が家を出た時とあまり変わっていないように見えた。それでも、


「これがないと、もう、生活していけへんわ」


 老眼鏡を見せてきた。ここ数年で急速に目の衰えが進んだそうだ。二人ともまだまだ若いと思っていたが、今年でもう五十歳。


「生まれてから半世紀が経つなんて残酷」


 母はこんな自虐的なことをため息も交えて帰って来た息子に繰り返してくる。


 妹は今年、受験生だ。高校卒業後の進路は、幼い頃からの将来の夢だった看護師になることを叶えるため、大阪の看護専門学校に入学するつもりだという。AO入試が近々あるそうで、若干、ピリピリしていた。


 祖母やいとこといった親戚も我が家に集まった。祖母は八十四歳になった。しかし、年を感じさせないほど若々しく、元気な姿を見ることができたので安心した。いとこも名古屋にある会社に就職が決まり、この春からそこで働き出したそうである。


 みんな、僕が帰って来て、とても嬉しそうだった。僕も嬉しかった。久しぶりに家族全員が集合し、


(上京前はこんな感じだったな)


 実家の温かさを存分に感じた。


 しかし、同時に、僕の心の中には寂しさも混じっていた。僕を優しく微笑んで出迎えてくれる人が一人――祖父が、この場に欠けていたから。

 

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