第3話

 その日の夜。俺は夕食を食べ終わると、ベッドに横になり、天井を見据えた。何故、影山君は俺の漫画が欲しかったのか? 多分、それをいくら考えても答えは出てこない。いまやる事はとにかく前に進むことだ。


 俺はズボンから携帯を取り出し、紬さんの携帯番号を見つめる──これを押せば紬さん本人と繋がる……親世代と比べれば随分とハードルは低いが……今まで誰とも付き合った事ない俺にとっては指がプルプルと震えるほど、緊張していた。


 ──明日にしようか? 夜遅いし迷惑かもしれない……でも今しなければ、きっと明日もしない。俺は自分の性格が分かってる。


 だったら……だったら──今やるしかない! 俺は無理矢理、気持ちを奮い立たせ、思い切って紬さんに電話をしてみた。どのみちダメなら、早く分かっていた方が良い。


 プルルルル……プルルル……と、呼び出し音が聞こえてきて、俺は手に汗を滲ませる。


 ──出られないのか? だったら仕方ないと電話を切ろうとした時、「もしもし……」と、怪しんでいる様子の紬さんの声が聞こえてきた。


 そりゃ知らない番号から掛かってきたら、そうなるよな。まずは安心して貰わなきゃ。


「えっと……突然ですみません。俺……大西さんと同じ学校に通う二年A組の高木 源也って言います! えっと……大西さんと友達になりたくて、影山君に電話番号を教わりました。それで……それで……ごめんなさい! 間違えました!」


 もう限界! 無理ッ! 意気地なしの俺はそこで電話を切ってしまう──あぁぁぁぁ……何をやってんだ俺は! 勝手に電話を掛けて、勝手に自己紹介して、電話を切るなんて、単なる気持ち悪い奴じゃないかッ! 俺は頭を抱え、自己嫌悪に陥っていった。


 ※※※


 それから数日が経つ。紬さんは電車通勤だから、いつも同じ時間帯に、ここの並木道を通っている。だから俺は電話をしたあの日から、わざとその時間を避けて登校していた。


 電話をする前は、むしろ狙って登校していただけに、紬さんに会えない朝は寂しいけど、ストーカーの様に思われたら、もっと嫌な気持ちになるので仕方がない。


 ──授業が終わり、昼休みに入ると、俺はジュースを買うため廊下に出た。階段を下りようとした時、踊り場で紬さんと影山君が楽しそうに会話をしているのが目に入る。


「あれって……」


 影山君の右手には俺が描いた漫画の原稿が握られていた。


「影山君、すごーい。本当に漫画を描いてたんだね」

「だろ?」

「この続きは?」

「え? えっと……まだ描いてない」

「じゃあ続きを描いたら読ませて。私、この続きが知りたいの」

「うん、分かった」


 影山君がそう返事をして動き出したので、俺は慌てて引き返す──嫌な所を見てしまった……あいつ、紬さんと仲良くなるために、俺から漫画の原稿を取り上げたんだな。


 条件を付けて、チャンスがある様にみせてたけど、端から俺に原稿を返すつもりは無かったって事か……。


 あの野郎……どうしてくれるか。多分、紬さんに俺が描いた漫画だと証明は出来る。でも俺は影山と約束してしまっているから、いま原稿はあいつの持ち物であることは間違いない。そこであぁだこうだ言ったところで、みっともないだけの気がする──くそッ、何か良い案ないかな。

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