第2話
次の日の朝。いつもの時間に学校に向かっていると、少し先を歩く紬さんを見つけた。俺は気付かれない様に早足で歩き出す。
すると「源也君、おはよう」と、男子の声で後ろから声を掛けられる。俺はビックリして足を止め、後ろを振り返った。
「影山君か……おはよう」
紬さん目当てで早足になっていたなんてバレるはずなんて無いのに、何だか気まずかった俺は、挨拶を返すと直ぐに歩き出す。影山君は会話を続けたい様で、俺の横に並んで歩き出した。
「──源也君もさぁ、狙ってるの?」
「え? 狙ってるって何を?」
「紬ちゃんの事」
「な、なんでいきなり、そんな事を聞くのさ?」
「だってクラスメイトの男子も、何人か狙ってるじゃん」
「あぁ……そういう事。俺の場合は狙ってるっていうか……友達になれたら嬉しいだろうな程度かな」
「ふーん……」
影山君が疑いの目で俺を見てくる。俺は堪えられなくて、直ぐに視線を逸らした。本当はもっと先を望んでいるぐらい紬さんが気になっている。だけどそれは身の程知らずだと分かっているから、とてもじゃないけど本音なんて口には出せない。
「あ、そうだ。昨日いってた漫画の原稿、持って来たよ」
「マジ!? 本当に持って来てくれたんだ。ありがとう」
「いえいえ」
「じゃあ放課後、読ませてよ」
「うん!」
※※※
放課後になり、クラスメイトのほとんどが居なくなると、自作の漫画を読んでもらった──。影山君は漫画をサラッと読むタイプなのか、割と早く原稿を机に置いた。
もしかして、つまらなかったのかな? と不安になりながらも「どうだった?」と感想を聞いてみる。影山君は直ぐに笑顔を見せた。
「面白かったよ。絵も綺麗だし、読み易かった」
「良かったぁ……」
俺が原稿を片付けようと手を伸ばすと、影山君は何故か原稿の上に腕を乗せる。
ちょっとイラっとした俺は強めに「なに!?」と言うと、影山君は俺を馬鹿にするかのようにニヤァっと微笑んだ。
「この原稿くれよ」
「はぁ……!? そんなこと出来る訳ないだろッ!」
クラスメイトが影山はヤバいから近づかない方が良いよと噂をしているのが、ここで良く分かった気がする。こいつは本当にヤバいやつだ。これ以上、関わらない方がいい。
俺は影山君の腕が乗っていない原稿を黙って回収し始める。
「そんな怖い顔するなよ。ただなんて言ってないだろ? もしこれくらたらさぁ、代わりに紬ちゃんの連絡先、教えてあげるよ」
「何だって……?」
紬さんの名前が出て、俺は思わず手を止めてしまう。
「友達になりたいんだろ?」
「そりゃ……なりたいけど……」
「けど? もしかして、俺の事を疑ってるのか?」
「いや……そんなんじゃないけど……」
「分かったよ。じゃあ証拠を見せてやる」
影山君はそう言って制服のズボンから携帯を取り出すと、誰かに電話を始めた──スピーカー設定にしてあった様で、直ぐにアニメのヒロインの様に可愛い女子の声が聞こえてきた。
「もしもし? 影山君? どうしたの?」
「紬ちゃん、ごめん。間違えて電話しちゃった」
「なぁんだ。じゃあ切るね」
「うん」
電話越しだから、実際に声は少し違う様に感じたが、紬さんの声だと思う。それに影山君は紬ちゃんとハッキリ名前を言っていたし、相手も否定することは無かった。だから本物に間違いないだろう。
「な? 本物だろ?」
「あぁ……」
「で、どうする?」
「どうするって……」
俺が返答に迷っていると、影山君は原稿を一枚手に取って、眺め始めた。
「これだけ上手く描けてりゃ迷う気持ちも分かるけどさぁ……あの人気者の紬ちゃんの電話番号だぞ? 男子がビビッて手を出してない今がチャンスだろ?」
影山君はそう言って足を組むと、ピラピラと持っている原稿を揺らす。
「そうかもしれないけど……」
影山君は原稿を持っている手を止め、机に戻すと「しょーがない。大サービスで期限を付けちゃうよ」
「期限?」
「そう! 君が1ヶ月後のこの時間までに紬さんに告白して、付き合えることが出来たら原稿は返すよ。これでどうだ?」
「そんなの無理だろ!?」
「あ、そう。じゃあ無理だな。漫画なんていつでも描けるけど、恋愛して青春時代を謳歌するなんて今しかないのに、はぁ……あ、勿体ねぇ……」
影山君の煽り方が上手いのか、そんな言われ方すると無性に腹が立つ……俺は立ち上がろうとしている影山君に向かって「ちょっと待って」
「なに?」
「返事をしてないだろ?」
「無理って言ったじゃん」
「ごめん取り消す。紬さんの連絡先を教えてよ」
影山君はこの瞬間を待ってました! と言わんばかりにニヤァっと気持ち悪い笑顔を浮かべる。その笑顔を見た瞬間、失敗したかなって思ったけど、もう後戻りは出来ない。
「良いよ、教えてあげる。約束通り原稿を回収させてくれ」
「分かった。本当に1ヶ月後の17時45分までに、どうにか出来れば返して貰えるんだよね?」
「あぁ、ちゃんと返すよ」
──影山君は漫画の原稿を回収すると、約束通り紬さんの連絡先を教えてくれた。でも本当にこれで良かったのだろうか? 急に一生懸命やっていたものを取り上げられて、心にポッカリ穴が空いた気分だ……。
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