気になるあの子の連絡先を得た代わりに、俺は自分の作品を失った。

二重人格

第1話

「よし。今日は大分、進めたな」


 俺は自室の机に向かい、パソコンを使って、漫画を描くためのシナリオを書いていた。中身は恋愛要素を含んだファンタジーで、小学校の頃には大体の話が頭の中で出来上がっていた。


 でも、とてもじゃないけど人に見せられる様な画力じゃなくて、高校二年の今になるまで、そっちを鍛える事に専念していたのだ。ようやく最近、自信が持てる絵になってきたので、再開したという訳だ。


「あの後のシナリオをどうするか……」


 小学校の頃、俺はふとしたキッカケで思いついた案を急いでメモ用紙に残していたけど、そのメモ用紙をどこかで失くしてしまってから、続きを思い出せていなかった。


「──まぁいいや、その近くになってから考えよう」


 ※※※


 次の日の朝。俺はいつもの様に通学路の並木道を通って学校へと向かう。行き交う車は少なく、小鳥のさえずりが聞こえるほど穏やかな朝だけど、目の前を歩く女子生徒が通ると男子生徒は慌ただしく視線を向ける。


 無理はない。キラキラと輝くセミロングの黒髪に、整った顔立ち……アイドルの様だとか漫画のヒロインの様だとか、色々と例えようのある大西 つむぎさんは、惚れ薬を飲まされたかのように釘付けにされてしまう程、美人なのだから。


 はぁ……同じクラスのやつ良いなぁ。毎日、色々な紬さんの姿を見られるし、関われるチャンスだって、何回もあるんだろうな……。


 俺はせめて紬さんの顔を見たいと思い、歩く速さを調節し、不自然に見えない様に紬さんを追い抜くと、チラッと視線を向ける。紬さんは天使の様に可愛い顔で、誰かに微笑んでいた。


 ※※※


 授業が終わり休み時間に入ると、俺は通学鞄からノートを取り出す。机の上にノートを広げると、人の視界に入らない様に腕で隠しながら絵を描く練習を始めた──。


源也げんや君、絵が上手いんだね」


 いきなり横から話し掛けられてビックリした俺は、慌ててノートを閉じると、声がした方に顔を向ける。そこにはニコニコと笑顔を浮かべたクラスメイトの影山かげやま君が立っていた。


 何で俺に話しかけて来たんだ? 他のクラスメイトにさえ話しかけている所なんて滅多に見た事ないのに……。


「そんな警戒しないでよ。ただ絵がチラッと見えたから、話しかけただけだからさ」


 あぁ……俺の席は教室の入り口から入って直ぐ近くにある。だから廊下から入ってきた時にチラッと見えたって事か。


「ごめん」

「大丈夫。ねぇ、もっと他の絵も見せてくれない?」


 どうするか……隠れて絵を描いているのは、別に見られるのが嫌だからじゃない。馬鹿にされるのが嫌なだけだ。影山君みたいに褒めてくれる人なら、別に見せたって大丈夫かもしれない。


「ちょっとだけしか書いてないけど、どうぞ」


 俺はそう言ってノートを差し出す。影山君はノートを受け取り「ありがとう」と返事をして、ペラペラとめくり始めた──。


「漫画の模写?」

「うん」

「へぇ……源也君ってもしかして、漫画を描いてたりする?」

「え……」

「単なる模写じゃなくて、動きを意識して描いている様に見えたから聞いてみたんだよ」

「あぁ……」


 よくそんなところ気が付くなぁ……と驚いていると、影山君はノートを閉じて俺に差し出す。俺はノートを受け取った。


「ありがとう。その様子だと漫画も描いてるみたいだね。今度、見せてよ」

「あ、あぁ……いいよ。明日、持ってくる」

「楽しみにしてるよ」


 影山君はニコッと笑顔を浮かべてそう言うと、自分の席の方へと戻っていった──サラッと返事をしてしまったけど、良かったのかな? 急に不安が押し寄せてくる。


 でも誰かに見て貰えるチャンスだ。何かアドバイスを貰えるかもしれないし、感想を貰えれば意欲にも繋がる。影山君は動きを意識して描いている事を見抜くほど、よく俺の絵を真剣に見てくれた。きっと大丈夫だろう。

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