第7話


「ん?ごめんなんて言ったの?」


「もう殺してくださいって言ったんですよ」


「へ?え、きが狂ったのかな。おいおい、勘弁してくれよ。脳みそまでいっちゃったのかよ」


「殺してくださいって言ってるんですよ。聞こえませんでしたか?」


「あ?……聞こえてるよボケがあ!」


 あまりの大声量に脳が揺れる。ただそれだけ。イライラとかしなかった。


「あっそ、死にたいんだ。流石社会不適合者。考えることまで意味不明だわな。で、そこのブルーは?」


「俺も茶色さんと一緒です。もう生きる意味を見出せないので……」


「はあ……」


 whiteはため息をついた後、「いい人選だと思ったんだけどなー」と独り言をこぼした。

 そしてこちらに向き直りwhiteは俺を指差した。


「死にたいならインクを摂取しなければいい。けどなー、俺はそれじゃ味気ないと思っている。だからお前ら限定にサプライズを与えよう。現代に戻る事ができる「生き返り」だ」


「…………はあ……」

 

「ただし、ただで返すわけにはいかない。だからこいつを塗ってもらう。出でよ、恐竜界のキングオブトップ!ティラノサウルスのお出ましだー!」


 ティラノサウルス……?ああ、なるほど。そういう最期か。

 俺らの目の前に突如として現れたそれは、恐竜図鑑でしかお目にかかれなかった存在。全身真っ白なティラノサウルスだった。


「こいつを塗るんですか?」


 正直塗る気力なんてない。俺が[死]に頓着していない理由が、ようやくわかったから。得体の知れない感情にようやく気づいたから。

 

 ……俺は妹を見捨てた。

 

 なぜ、そんな俺が生き残ろうと。

 俺はいつも妹より劣っていた。仕事もできない。面接も落ちる。なのに『就職したら負け』という言葉で繕い、俺も本気を出せば仕事が出来るんだぞと。謎の証明をしていた。しかし、そのプライドが俺と妹の関係を壊してしまった。

 妹が東京に行ったのは俺のせいだ。


 俺に「一緒に仕事をしない?」と提案してくれた妹の優しさをないがしろにし、俺は逃げるようにバイトを始めた。

 全部、全部、俺のせいじゃないか。

 もし妹がこのカンブリア紀のようなブラック企業で勤めていたらならどうする?助けてあげるべきじゃなかったのか。

 でも今更どうすることもできない。どうせティラノサウルスを塗ったって、生き返りなんてさせてくれるわけがないのだから。

 もし、それで本当に生き返ったとしても「妹」は……。考えるだけ無駄だ。

 妹にとっても、俺は大事な家族だ。たった一人の。大切な家族なんだ。

 大切な、大切な、たい、せつな。

 俺の訃報を聞いて動揺しないはずがない。

 馬鹿だ、馬鹿だ、俺はなんて馬鹿なんだ。


 もう妹に合わせる顔なんてない。死にたい。全部終わらせたい。


「ほんと、意味のない仕事ですよね。これ」


 ブルーがティラノサウルスの目を塗りながら呟く。


「金を頂く為に俺達は働く。その金で好きな物を買ったり、高級な料理を食べたり、それで生きている実感を得る。しかしこの世界に娯楽なんてものはない、死を先延ばしにする[インク]をもらうだけ」

 

「僕たちは一度死んだ身なんです。図々しいですよね。死んだくせに、死にたくないだなんて」


「全くです……茶色さん、恐竜の目、塗り終わりましたよ」


 俺の番が来た。頭を動かし、恐竜に色を塗っていく。


「………………」


「茶色さん」


「……はい」


「ありがとうございました」

 

「……いいえ」


 燃え尽きた。ああ、もう、早く殺してくれ。恐竜さんよ、でかいお口で俺たちを飲み込んでくれ。早く死にたいんだ。一刻も早く、自分の身体をこの世から消滅させたいんだ。


「ブルー君」


「はい」


「こちらこそありがとうございました」


「いいえ、何かしました?俺」


「いや、なんとなく、ありがとうって言っておきたかったんです」


「えっと、恐竜、塗り終えたんですか?」


「……はい」


「……よかったですね」


「はい、これでようやく死ぬことが……できます」


「僕から先に死んでいいですか?」


「駄目です」


「何でですか?」


「僕はあなたよりも……ぶちゅうううううう!」


 


 

 

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