第4話


 本来社会人とは、どのような業務をやるのだろう。果たしてこれは業務といえるのだろうか。永遠と生き物に色を塗る作業。まあ業務といえば、業務なのかもしれない。

 俺はそこの青色ヘドロ野郎に声を掛けた。


「いま何してます?」


「見てわかりません?生き物に色を塗ってるんすよ。あなたもはよ、生き物に色を塗ってください。ほら、あそこのヒグマとか……」


 ブルーの指さした先には確かにヒグマがいた。微動だにしない、白色の立体物が。その瞬間、大きな怒鳴り声が後方から響いてくる。

 

「おいバカちん!そこちゃうだろッ!」


「あ、すみません。すみません」


 見るとあの暴走族が、黄土色のヘドロ野郎に怒鳴り散らかしている。これはまずい。調和を乱すことは、チーム全体の結束力を乱す行為につながる。


「どうしたんすか?」


「いや見てわかんないすか。色塗り間違えたんすよこいつ。56した方がよくないすか」


 暴走族は黄土色を指さしながら、俺を睨む。その時だった。後ろからあの青色ヘドロ野郎が間に入ってきた。


「とりあえずやっちゃったもんはしょうがないんで、紫さんはほかの生き物塗りましょう。君は、そこの蜂塗って」


「はい!」


 ブルーに言われ、暴走族は無言で他の生き物に手を付ける。黄土色は元気に返事をして、蜂のとこまでの距離を詰めていく。

 仲裁ちゅうさいをしてくれたんだ。きちんとお礼を言わなきゃな。


「ブルー君、ありがとうございます」


「いや、仕事できん奴を大人しくさせただけですから。……生前の職場にもいましたよ。声だけいっちょ前にでかくて使えん人材」


「元暴走族ってだけで、決めつけるのはどうかと思いますけどね」


「いやそっちじゃなくて。蜂塗ってるやつのこと言っているんですよ。返事だけでかいじゃないですか」


「ああそうですか。俺生前飲食店と倉庫の仕分けバイトで働いていたんですけど、あーいうの二三人いましたよ」


「……とりあえず、茶色さんはヒグマ塗ってください」


「はい」


 俺は返事し、ヒグマのもとに向かい、頭を体にこすりつけていく。

 ぶちゅう!

 あ、やべ、出しすぎた。特大のインクがヒグマの体を這うように落ちていく。

 まあいいか塗りたくれば。

 ぐちゅ!ずちゅずちゅ!あー、ちょっと色にムラがある。難しいなこれ。頭の先のチューブが思うように動いてくれない。なんなんだこれ。まじめに考えたら、俺何やっているんだ。普通に手で筆とか持てばよくないか。


「茶色さん」



 あ、やべ、やっちゃったか。なんか体の体積が減っていっている気がする。ていうかどんぐらい塗ればいいんだ。分かんねえぞ。もっと詳しく教えろよ頭の動かし方とかさー。


「茶色さん、まだですか?」


「はい……?」


 後ろを振り向いた。


「遅いですね。また茶色さんの仕事、あっちのほうに見つかりましたよ」


「あ、そうですか。ていうか塗るのむずいですね。ブルーさんはちゃんと塗れてます?」


「はい」


「ほお。環境に適応するのも、習得するのも、早いですね。僕なんかまだ頭の中ぐちゃぐちゃですよ」


「いや俺もなにひとつ整理ついてないですよ。ただこの仕事やっておかないと、まずそうなんで」


 ブルーはそう言うと仕事に戻ろうとする。俺はそんなブルーの行動を呼び止めた。どうしてそのような行動に出たかは自分でもわからなかった。


「待ってください」


「はい」


「……どうやって死んだか、語り合いませんか?……俺はトラックにはねられて死にました。妹から電話が来て、その直後に」


「死の直前の出来事なんて思い出させないでくださいよ。……先ずはそのヒグマを塗ってください。要領良くお願いします」


 そう言い放ちブルーは去っていった。もう振り向いてはくれなかった。俺は視界からブルーを消し、再度ヒグマに振り向いた。

 塗るしかないのか。塗るしか……。無心で、ヒグマの体を茶色で染めていく。だからだろうか。無心で塗り続けていた俺の頭に不純物が侵入してきた。

 その不純物とは先程ブルーに言われた「効率」という言葉だった。


 同時に、自分自身が何をしたいのかわからなくなった。

 死にたくないのか、死にたいのか。どっちなんだ。得体の知れない感情が俺のなかでうごめいていた。

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