食べ物屋さんと不審者の星夜祭

第5話

(ああ。今日も寒い)


 私は布団からもぞもぞと顔を出し、ベッドサイドテーブルの時計を見る。


(5時)


 私はえいやっと布団から勢いをつけて起きる。


(早起きは三文の得)


 カオリさんに教えて貰った諺を呟きながらストーブに火を入れた。マッチの香りと同時に、パチパチと音をたてながら薪に火が点いていく。


(早起きしたらちょっといい事がある。って意味だったわよね。何かいい事あるかしら。でも、私はいつも早起きよね。じゃあもっと早起きしないといけないの?)


 薪をつついて火を安定させると、ストーブの扉を閉じてケトルを持った。


 ケトルに水を入れ、お湯を沸かす。


 平和な一日が始まる。


(寒いけど、毎日穏やかだわ。それにグレイさんとお付き合いする事になったし)



 私は一人でニヤケた顔を手で覆うと、紅茶の缶をぱかっと開けた。紅茶のいい香りがキッチンに広がる。


 グレイさんと付き合う事になった夜に、急いでルー兄様に電報蝶を飛ばした。するとすぐに返事が返ってきて、また返事を飛ばした。


 私が蝶を飛ばすと、すぐに次の蝶が来る。


(キリがない)


 話を聞いたのか姉様達からも蝶が届き、下の兄様の義姉様からも蝶は届いて部屋は蝶だらけとなった。私の買い置きの電報蝶が無くなるまで兄様、姉様蝶攻撃は続き、今も返事をせかされている。


(返信付き電報蝶で来た時は驚いたわ。安くないのに。一度、みんなに会いに行かないといけないかしら)


 うーん、と悩みながら、


(ま、今は冬で交通も悪いし、春にならないと無理ね。首都までは近いと言っても日帰りはきついし。みんなに会うとしたらお店も休まなくちゃいけないもの)



 どうしたものかしら。と、考えつつ朝の料理を作りだした。


 グレイさんと付き合う事になっても、私の毎日は変わらない。


 日替わりのスープを作り、サンドイッチを作り、お菓子を焼く。


 お肉を焼いたり、魚を煮たり、お野菜を蒸したりもするが基本毎日変わらない。店に来るお客様と、穏やかにお喋りをし、ご飯を作り、食べてもらう。私はこの毎日に満足している。


 ただ一つ、変わった事と言えば、グレイさんが他のお客様がいる時も来るようになった。相変わらずフード、マフラー着用で、私以外がいる時はフードは被ったままだ。


 今は冬だし、夏場程不審者感は無いが。


 グレイさんは店に来て、ご飯を食べ、少しお喋りをし、甘い物を持って仕事に行く。仕事帰りの時は同じ様に店で過ごし家に帰る。


 周りからは冷やかされる事もあるが、みんな優しく私達を見守ってくれている。


(一番冷やかすのはカオリさんだ。でもカオリさんは、「グレイが相手なら店続けるよね!」と喜んでいた)


 そんな穏やかを望む私だが、来月末の星夜祭にはちょっとドキドキしている。


 なんといっても、恋人がいる初めての星夜祭だ。


 星夜祭は皆、家族や恋人と家で過ごす事が多い。


 なので、どの店も割と早く店じまいをする。例え、家族が遠方にいようと恋人がいなかろうと私も星夜祭の時期は店は閉めのんびりと過ごしていた。


 メルポリに来て最初の年は上の姉様が心配して家族と来てくれたが、二年目、三年目は一人で過ごし、今年は初めて恋人と過ごす事になる。


 初めての恋人との星夜祭。これが楽しみでないわけがない。



(え、グレイさんから何も言われてないけど、大丈夫よね。私浮かれてるのかしら。今日、グレイさんが来たら星屋祭の事、確かめてみましょ)



 星夜祭の事を考えながら店をオープンし、いつも通りお店は賑わいを見せていった。


 しかし、その日は朝の忙しい時間を過ぎてもグレイさんは来なかった。



(お仕事忙しいのかしら)



 そうだ、仕事場に差し入れに行こう。と思いついた。


 お付き合いを始めてから、グレイさんの仕事は自宅とは別の工房で便利な道具の商品開発をしていると聞いた。


 自宅では荷物が溢れたり、使う材料によっては危険な事もあるので、町の外れに工房を買い仕事をしているとの事だった。


 グレイさんの自宅場所はここから東にあり、工房は南にある。グレイさんが家を出て仕事場に向かう際に、うちの店に寄るとぐるっと遠回りになる事を最近知ったが、グレイさんは出会ってからほぼ毎日来てくれていた。


 お昼を回ってもグレイさんは来なかった。


 お客さんも一段落したのでお店を一旦閉め、私はバックにナッツのクッキーと、カップケーキ、サンドイッチを入れてグレイさんの工房に行く事にした。


 工房に行くのは初めてだったが、朝、お店に来たジンさんに工房への詳しい道を聞くと、周りに何もなくポツンと建ってるので、「行けばわかる。」と言われた。


 てくてく30分程歩くと、確かに家がまばらになり、ちょっと先に一件の小さめの家がポツンと建っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る