第4話

 次の日、店の準備をしていると、欠伸をしながら兄様が起きてきた。



「おはよう。いつもこんなに早いのか」


「おはようルー兄様。お茶入れるわ。ミルクと甘くないのと、ショウガ、どれがいい?」


「昨日のショウガがいいな。いい匂いで、早起きしてしまった」


 うーん、と兄様は背伸びをした。



「もう、新聞も届いてるわ。ルー兄様は新聞読んでお茶でも飲んで、ゆっくりしていて。お腹がすいたら言ってちょうだい。ご飯も作るから」


「ミア・・・。お前はいつでも嫁にいけるな・・・」



 潤んだ目で兄様が私を見る。



「ルー兄様。今は料理が出来る女よりも、料理が出来る男の方がモテるのよ。女も稼ぎがある方がモテるんですって」


「なんだと!そうなのか!」と驚いていた。


「リック君も、ダン君も料理を覚えるようになるわよ」


 と、甥っ子の話をすると、もう一度「なんと!!」と驚いていた。



 朝、今日はミルクスープとサンドイッチにジャムのクッキーを焼いていると、店が騒がしくなった。



「ミアちゃん!」と店に入って来たのはジンさんを引きずってきたカオリさんだった。


「ジンの知り合いの知り合いが言ってたんだけど、ミアちゃん結婚するの?」とカオリさんが言う。


「おはようございます。ジンさんカオリさん」


「いや、ミアちゃん!どうなの?」


「結婚話と言うか、いま兄がきてまして」と言ってキッチンを見ると、いつの間にかきっちりと洋服を着こなしひげも剃った兄様が出てきた。



「おはようございます。妹がいつもお世話になってます。長兄のルーカスと申します」と兄様が言うと、「あ、カオリです。初めまして」とカオリさんが言い、「ジンです。どうも」とジンさんが挨拶した。


「今日はご飯でいいですか?」


 カオリさんは兄様をちらっと見た後、


「ミアちゃん・・・。ご飯食べるし、お弁当も欲しいし、クッキーも包んで欲しいけど、結婚するの?ここ、出てっちゃうの?」とウルウルした目で聞いてきた。



「いや、そういう話があるってだけですよ。何も決まってません」



 私が言うとカオリさんはちらっとまた兄様を見た。


「はい、縁談は来ていますが、まだ話だけです。先方から言われたので、お受けするか迷ってミアに聞きに来ましたが、昨日は私も慌ててしまい、誤解を与えてしまったようですね。私はこの話を勧めたいですが、ミアの気持ちを優先すると昨日話しました」



 兄様はそういって優しく笑った。



「ミアちゃん、結婚してもここにいて欲しいな」と、カオリさんに言われ、ジンさんが「お騒がせしてどうもすみません」と兄様に謝っていた。



 兄様はいえいえと、話してカオリさんとジンさんとの話は終わった。私はホッとしていたが、この日一日同じようなやり取りが五回以上あり、さすがに五回目の時は疲れた。


 兄様はその日の夕方に帰って行き、一応長官さんには有り難いが、お断りの方向でお願いした。


 今結婚する気はない事を伝えて貰う事になったが、兄は残念そうな顔をしていた。


 夜になり、今日はグレイさん来なかったな、と思って店を閉めようとした所でドアが開いた。



「どうも。こんばんは。ミアさん。まだいいですか?」


 慌てた様子のグレイさんが入って来た。



「どうぞ、大丈夫ですよ。お食事ですか?ケーキは今日はチーズタルトですよ」


「あの、ミアさん、結婚なさるんですか?」



 硬い声でグレイさんに聞かれた。


 グレイさんは噂とは無縁のような人なので、ちょっとびっくりしていたら、返事を返さない私に早口で続けられた。


「昨日、お兄さんが来たのは結婚の話なんですね」


「・・・ええ、そうですけど、あのでも」


 スープとパンの準備をしていた私は、食器を下ろしてグレイさんの方を見た。



 グレイさんは席に座らず、私の傍にやって来た。



「あの、ミアさん、俺、こんな見た目ですけど。ミアさんの事が好きです。一生大事にします。俺と結婚してくれませんか?」


 グレイさんは私の手をそっと握った。急いで店に入ってきたグレイさんの手は凄く冷たかったのに、顔は凄く赤かった。



「えっと」



 私も同じようにあっという間に顔が真っ赤になっていると思う。



「稼ぎはあります。ミアさんがこの店を続けたいなら構いません。初めて見た時から好きです。結婚してください」


「あの。私。結婚しないんです」


 グレイさんに答えると、グレイさんは、「えっ」と息が止まった顔になった。



「いや、あの、縁談来たんですけど、お断りしたんです。で、結婚はしないんですよ。て言おうとして・・・」


 私がそう言うと、グレイさんは「はあ~~~」っと息を吐いた。


「ああ、よかった。間に合わないかと。ミアさん、好きです。今すぐ結婚しなくてもかまいません。結婚を前提に俺と付き合ってくれませんか?」



 フードははずれ、マフラーも取れて、長い髪はぼさぼさで火傷の跡も気にしてないグレイさんの垂れ目はとても素敵だった。



「はい」


 ああ、私もグレイさんが好きだ。きっと、あの不審者と思った時からずっと。



「!!!!ああ!!!有難うミアさん!!」


 グレイさんは私をぎゅーっと抱きしめ、「よかった・・・」と呟いた。



「グレイさん、ご飯が、準備が」


「後でいいです、今はこうさせて」



 グレイさんは再びぎゅっと私を抱きしめた。



 私は自分の空いた手を宙で何回か彷徨わせた後、ゆっくりとグレイさんの背中に手を回した。私が手を回すとグレイさんは一瞬びくっとなったが、優しくぎゅっと抱きしめられた。


 私は沸騰しそうな頭で、急いで電報蝶を兄様に送らないとな、と思っていた。


 呆れた顔のルー兄様の顔が浮かんだが、しっかり謝ることにする。






 次の日





 お昼過ぎからカオリさんがジンさんを引きずって連れてきて


「やっぱりミアちゃん結婚すんの?!」と言ってきたり。


 兄様達家族、姉様達家族、総勢十九名で店に押しかけられ、その日の夜にはグレイさんチェックが行われ、たじたじになりながらも頑張って親族チェックを受け、グレイさんがみんなに受け入れられるまではもう少し先の話。












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