第3話

(グレイさん、栗好きなのかな)


 優しい垂れ目の顔を思い出しながら私はパウンドケーキをオーブンから取り出した。


 甘い匂いがキッチンに溢れ、綺麗なきつね色のパウンドケーキが焼き上がっていた。その色を見ていると、グレイさんの少し茶色が強いこげ茶色の目を思い出した。グレイさんは火傷があっても綺麗な顔だ。私は顔が熱くなってぱたぱたとミトンで顔を仰ぐ。



(さ、準備準備)



 私は一人で恥ずかしくなってお菓子の準備をせっせとしていった。




 夜。




 私のお店はお酒を出さないので、夜のお客は少ない。


 でも、お酒を呑まないお客さんにはそんな静けさも有難いようで、夜も一定数お客さんは来るが、のんびりしたものだ。


 そんなお客さんがチラホラいる時に勢いよくドアが開いた。


「ミア!!」


 びっくりしてドアの方を見ると、上の兄様、(ルーカス)が顔を真っ赤にして飛び込んで来た。



「ルー兄様どうしたの?何かあったの?」


 寒さで真っ赤になっている兄の頬に手をあてて、よしよし、と温めるていると、兄様は勢いよく話し出した。


「ミア!お前に縁談が来たぞ!最高裁判官の息子さんだ!」


 兄様は私がよしよし、と温めていた手をぎゅっと握った。



「え?私?え?」


 私が目をぱちくりさせると、



「すごいぞ!どこで知り合ったんだ!昨日の仕事終わりに話をされてな、まだ、何も決まってはないが。いい話だしな。このまま進めていいか!?」


 と、ルー兄様は手を握ったままこっちを見た。



「まあまあルー兄様、とにかく座って。今お茶入れるから。何か食べる?」


「ミア!ゆっくり食べてる場合じゃないぞ!まあ、お茶は貰うが。で、お前息子さんと知り合いだったのか?」



 兄様にショウガ入りの蜂蜜のたっぷりと入った紅茶を出すと、「息子さんって名前なんて言うの?私、知り合いにそんなに偉い人、いたかしら?」と、言いながらうーんと考えるが思いつかない。



「ええ・・。ミア!しっかり思い出せ!どこかで会ってないか?確か年は24歳だ。長官は黒髪で目の色は青だ。息子さんもきっと似た色だ。いないか、知り合いに」


「うーん。黒髪は沢山いるし、青色もいるけど、24歳って言ったら高校でも、私と入れ違いじゃない?先輩後輩の仲ではないわねえ。知らないわ」


「いや、ミア、もう少し考えろ。長官の苗字はウォーターフォードだ。どうだ。聞き覚えないか。ご子息はリアムだ。リアム・ウォーターフォード、どうだ、聞き覚えないか?」


 兄様は紅茶をぐびっと飲んで、アチチといいながら喋る。



「ミア、お前には苦労をかけているからな。幸せになって欲しいんだ。せっかくのいい話だ。どうだ」


 兄様にぎゅっと手を握られる。


 兄様握力強い。



「え、私、苦労してないわ。私の好きにさせて貰って、兄様達も、姉様達も大事にしてくれてるし幸せよ」


「ミア!!」


 兄様は抱きしめてくる。


 周りのお客さんも私達の話を聞いて、「ミアちゃん結婚すんのかい?」と訊ねてきた。



「えー。しないんじゃないですか?」


「ミア!!」


 兄様が叫ぶ。



「だって、誰かも分からないのに」


「ミア!とりあえず会ってみろ。な?会ったら思い出すかもしれん」


「ルー兄様、私、本当に今幸せよ。それに私、結婚は好きな人としたいの」


「ミア・・」


 兄様は私の名前を呼ぶと、俯いた。


「ルー兄様、今日は泊って。明日はお仕事お休みでしょう?義姉様には電報蝶を飛ばせばいいわ」



 買い置きの電報蝶を出して義姉様にメッセージを送る。


 蝶がひらひらと飛んでいく。



「とにかく、今日はゆっくり話しましょう?ルー兄様と会えて嬉しいし。久しぶりだし。ケーキもあるの。ルー兄様食べて?」


 兄様はやっと落ち着いたのかお茶を飲んだ頷いた。


「そうだな。すまん。ごちそうになろう」


 兄様がお茶を飲んでケーキを食べていると、少ないお客さんも帰って行き、グレイさんがやって来た。グレイさんは兄様を見つけると店に入ろうか迷っていた。


「グレイさん、こんばんは。兄です。どうぞ。ケーキ、準備していますよ。ご飯はどうします?」


 兄様はグレイさんをちらっと見て、フードを被った怪しい男と思ったのか、無駄に威圧していた。



「こんばんは、ミアの兄です」


 兄様は鋭い目つきでグレイさんに挨拶した。


 グレイさんはびくっとしたが、マフラーを外し「こんばんは」と兄の方に頭を下げて言った。


 グレイさんは私の方に向き直ると保温水筒を差し出してきた。


「ケーキは今頂く分と持ち帰りでお願いします。飯はスープだけこれに入れてもらえますか?」


「グレイさんもお持ちなんですね、かしこまりました。すぐにケーキ、お持ちしますね、お茶はしょうがと、ミルクとどっちがいいですか?」


「ミルクで」


 かしこまりました。と言って私は厨房にむかった。



 兄様は火傷が見えて眉毛がぴくっと動いたが、不審者ではないと思ったようで、「ケーキ美味いですよ」と言うと席を戻しグレイさんには話しかけなかった。



「どうぞ」


 グレイさんにケーキと紅茶を出し、持ち帰り用のケーキも持ってきた。



「どうも」


 グレイさんはケーキを食べだし、「美味しい」と言った。



「ルー兄様、奥のリビングでゆっくりしててもいいわよ。片付け終わったらすぐに私も行くから。ここまで急いできて、疲れてるでしょう?」


 兄様はまたちらっとグレイさんを見た後、ゆっくりと息を吐いて頷いた。


「ああ、じゃあゆっくりさせてもらおう」


 兄様が奥に行き、私は片付けや明日の朝の準備を始めた。



「お兄さんですか」



 私は顔を上げて答え手を拭いた。


「ええ、一番上の兄です。年が離れてるから驚いたでしょう?親子程離れてるから、心配性なんです」


「離れて住んでるのなら心配でしょう。でも、何かあったんですか?」


「ええ、ちょっと。今日は兄も泊るし、大丈夫です」



 グレイさんはその後、ケーキとスープを持って帰って行った。


 私がリビングに行くと兄様は義姉様から来た電報蝶に叱られていた。




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