◆◆ 008 -怠惰な兄は頑張る妹を応援したい-(3/5)◆◆

「イラストなんかどれもこれも似たようなもんだろ。AIで描いたなんて言わなきゃバレないから平気だって、な? 他の連中だって言わないだけで使ってるに決まってる。みんなやってんだよ」


 悪役のテンプレ発言に俺は笑いをこらえずにはいられない。笑いは笑いでも、苦笑いの方だが。


「なあ、頼むぜ。うまいことやったらお前にも分け前やるからよ」


 胸の前で手を合わせて上下にさする、いわゆるゴマすり。

 初めて目にしたが正直、不快でしかない。

 表情もイラつきを見せたかと思えば、今度は困り顔で懇願と、コロコロよく変わる。

 これだったら他の黒子同様、表情がわからない方が、まだまともに話ができる。


「ちょっと小休止しましょう。お茶持ってきます」

「ああ、そうか、そうだな。あんちゃんも人前でカップラーメン食い出すとかバカなマネしなきゃ、俺だってこうやってまともに話をする。社会に出たらまず第一印象、大事なんだぜ。覚えとけよ?」


 俺は愛想笑いを浮かべ、ひげ面の言葉に思い出した足元のカップラーメンを手に、居間を後にする。


 * * *


 廊下に出ると階段で座っていた妹が駆け寄ってきた。


「お兄ちゃん」

「ほらよ、食っていいぜ」


 俺は妹に南米チリの味わいのカップラーメンを手渡した。

 妹はカップラーメンを受け取りつつ、心配そうに俺を見上げてくる。

 まだ冷めきってはいないはずだ。麺が伸びきってはいるかもしれないが。


「お前は来なくていい」


 俺は妹にそう告げると、返事も待たずに台所の冷蔵庫から麦茶を出して、居間へと戻った。


 * * *


 俺はひげ面に麦茶を渡す。


「どうぞ」

「ありがてえ、いただくぜ」


 ひげ面は受け取るなり麦茶を飲み干し、ドンとちゃぶ台に音を立てて、コップを置いた。

 俺は変わらぬ表情でちゃぶ台に腰を下ろし、麦茶で一口だけ喉をうるおした。


「考えたんだけどよ」


 まるで居酒屋で管をまくおっさんのようにひげ面は言葉を続ける。


「確かにAIに売れる画像を描かせて、それを売るってのは無理があるな」


 意外な言葉に俺は思わず、ひげ面の顔を見る。


「絵を売るためには何十枚何百枚と数がいる。けどよ、これが最近売れてるイラストつきの小説あるだろ。知ってるか、ライトノベル」


 背筋にぞくりと冷たいものが走る。


「表紙と挿絵だけイラストをAIに描かせて、それを売るってのはどうだ? あんちゃんの妹、小説家になりてえんだろ?」


 コップを握る手に力が入る。


「なんなら小説もAIで書かせて売ればいい。借りるのは名前だけ。妹は有名になれる、あんちゃんは金が入る、そして、俺は組織の地位が安泰する。どうだ、一石三鳥いいとこどりのうまい話だろ?」

「――んなことできるわけねえだろっ!!」


 ガンッと俺はコップをちゃぶ台に叩きつけた。


「お、おい、怒るなよ……」


 俺はギリギリと歯を食いしばり、コップを潰さんばかりに握りこむ。


「なあ落ち着いて聞けよ。あんなライトノベルなんてガキの買うもんだろ。中身なんて誰も読んじゃいねえよ。俺ぁ、そっち方面にはツテがあるからよ。ちょっといいキャッチコピーと売れ線のかわいいイラストをAIでつけりゃ、ちょちょいのちょいで映画化まったなしだぜ?」


 俺はひげ面をにらみつける。

 ……だまれよ。

 人間は怒りが頂点に振りきれると、言葉が出てこないのだなと俺は実感した。


「OK、OK、わかったよ。なら小説は妹が全部書いたものでOKだ。それならあんちゃんも納得だろ?」

「――出ていけ」


 俺の言葉にひげ面はきょとんとする。


「出ていけって言ってんだよ!!」


 俺はひげ面に吠えたてる。


「……なんだよ。なんだよ、ええ? てめえ、人が良い話持ってきてやったってのに、それを蹴ろうってのか?」


 ひげ面はふんぞり返る。


「じゃあてめえの妹に小説書けんのか? 売れるもん書けるのか? 作家ってのは一部の特別な才能を持ってる連中なんだ。てめえの妹みてえな凡人がなれるもんじゃねえ。それをこの俺が、曲がりなりにもならせてやろうって話をしてるんだ」


 ひげ面の見下す視線を、ただ俺は睨み返す。


「――フン、まあいい。もったいない事をしたな。これだから作家風情ってのは困るんだよ。自分の力だけで売れるようになれたと思ってやがる。だったら1から手売りで成り上がってみせろってんだ。周りからおだてられてふんぞり返ってる裸の王様はてめえらの方だってのによ。滑稽だよな。別にAIに限らず、お前らの代わりなんて組織の力でいくらでも作れるんだからな」

「あんた、ロクにスマホもネットもできねえだろ」

「〝ここ〟の出来がお前らとは違うんだよ。〝ここ〟の出来がな」


 側頭部をコンコンと指して、ひげ面は立ち上がって、居間を出ていく。

 ドスドスと足音が響き、ガタン、バタンと玄関を出ていく音。

 俺は立ち上がれない。

 ガンと握ったコップでちゃぶ台を叩く。

 何も言えなかった。何もできなかった。悔しいがあのひげ面の言うとおりだった。


「あにぃ」


 顔を上げると妹の顔。


「ごめんな、あにぃ」


 妹は座り込み、俺を見上げてあにぃ呼び。

 そんなに心配することでもないだろうに。思わず俺は安堵する。


「わりぃな。ついカチンときちまった」


 妹はブンブンと首を左右に振る。


「うちだってあんなのと組むなんてごめんや、気にせんでええよ」


 なぐさめ……ではないのだろうな。俺は大きくため息をつく。


「ほら、コレ。これ食べて元気だして」


 妹が差し出してきたのは食べかけの南米チリヌードル。しかも量が三分の一くらいまで減っていた。

 俺は思わず笑う。


「お前、コレ食ったのかよ」

「しょうがないやん、お腹減ってたし。だいたい、ほんまはウチが後で食べようと取っておいたんやで。勝手に食べるのやめてぇや、いつもいつも」

「そんなのお互い様だろ。お前だって俺のあずきのアイス食ってたじゃねえか」


 俺の反論に妹はむくれる。

 脱力した俺は容器を受け取り、そのまま中身をごっきゅごっきゅと流し込んで、空になった口と容器を妹に見せる。

 その様子を見て、妹も笑った。

 ブン……と静電気の音。


『お疲れ様でした』


 振り返ると片隅の箱型テレビのモニターに、字幕の表示とそれに伴う音声出力。そして、ニュースキャスターのごとく放送席に座った黒子が映っていた。

 驚いた俺は、ただあんぐりと口を開けるのみ。


「こんにちは、黒子さん」

『本日は大変興味深いものを拝見させていただきました』


 キャスター黒子が字幕、音声とともにお辞儀をする。

 いやいやいや。

 俺は妹に疑問と抗議の視線を投げかける。


「だから、黒子さんだって言ったやん」

「普通は黒子からの贈り物って意味合いだろ。ほんとに黒子が中にいるだとか冗談にもほどがあるわ!」


 俺の抗議につーん、と妹は顔をそむける。


『本日は我が組織の患部がお騒がせして、大変申し訳ありませんでした』


 深々と黒子の謝罪。


「字、間違ってるぞ」


 俺は誤字を指摘する。その患部は取り除くべき患部であって、今日の幹部はお前ら組織の根幹をなす幹部の方だろうに。わざわざ解説するまでも無いと思うがな。

 モニターの黒子はおもむろに立ち上がり両手を上に伸ばす。

 と、テレビの天面が外れ、そこから出てくる黒子の両腕。

 あ、やっぱり、それ、そういう仕組みだったのね。

 テレビの中から這い出てくる黒子。そして、天面を戻して、黒子は部屋に降り立つ。当然ながらテレビの放送席は空。

 まじまじと黒子はモニターの字幕を確認し、そしてどこからか取り出したパッドを向けて振り返る。


『合ってるじゃないですか! 彼は確かに我が組織の患部なんです』


 さいですか。もう突っ込むことはしないからな。


「でも黒子さんのとこ、出版もやってるの?」

『いえ? 彼の個人的な繋がりで言ってただけではないですかね』

「あのおっさん、色々会社を渡り歩いているって言ってたしな」

『渡り歩いていると言えば聞こえはいいですが、行く先々で問題を起こして除け者にされてるという方が正解なのでしょう』

「そんな奴を俺達のとこによこしたのか」

『我が組織にも色々あるのですよ』

「黒子さんも大変やね」

『ご理解いただきありがとうございます』


 黒子は深々とお辞儀。俺は納得してないが、なんかこの流れに既視感を感じたので、深くは詮索しないのが正解なのだろう。めんどくさそうだし。

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