◆◆ 007 -嫉妬の世間から妹はAIを守りたい-(3/4)◆◆

「でもよ、そんなに便利なら何でそんなAIをみんな目の敵にしてるんだ?」


 とりあえず早急に話題を逸らさねば。


『そらぁ、便利だからだろ』

「便利だとダメなんですか?」


 世にも珍しい妹の敬語。


『世の中、なんだってそうさ。良かれと思うものにはその反面、悪しかれと思うものもいる。昔はクレジットカードが普及するって言ったら、みんな持つわけねえって鼻で笑われたんだぜ。それが今じゃ、カードどころかスマホで支払い。逆に現金を束で持ってたら笑われる始末だろ?』

「そうなんですか?」


 俺もつられて敬語で聞き返してしまう。


『世の中、理屈じゃねえからな。良かれ悪しかれ、やり方変えると文句が出るもんだ。それがどんなに便利でもな』

「うちは現金を束で持ち歩いてみたいわー」


 それは俺も妹に強く同感だ。束で財布に入れて、人に見せびらかしたいぞ。それができるなら、だが。


『そいつぁ、確かにな。なんだかんだ現物、アナログは強い。要は使いようよ』


 黒子さんは肩で笑いながら答えた。


「でも悪用はできそうだよな。画像生成で他の人が描いた絵を学習して、そっくりな絵が描けるんだろ?」

「それは……」


 ここで知的な兄と化した俺の言葉に、妹は返事に窮する。ふふふ、たまには兄らしい威厳も示さねばな。


『そんなん、AIに限った話じゃねえだろ』


 おうふ、意外なところからの反撃に妹の目が輝く。


『アニメだって元の絵があって、それにそっくりに何十枚何百枚と絵を描いて動かしてる。別に問題になってない。ウソつきだって話もそうだ。そりゃあAIは嘘をつくかもしれねえが、人間だって嘘をついて商売してる連中山ほどいるだろ』


 話が予想外な方向に進んで、妹は口をあんぐり開けている。そして助けを求めるように俺を見る。すまん、正直、俺もどうしていいかわからない。

 黒子さんのただものではないオーラがひしひしと、俺達一般人兄妹に迫りくる。


「つまりどういうことなんです?」

『要は使い方だろ。AIは道具であって、そこに意志はない。そこのGPTジピットくんとやらも、聞かれたことに対して答えてるだけなんじゃねえのかい?』


 それは……そうかもな。ちらりと妹を見るとうつむいていた。返す言葉も無いのだろう。


『俺もカップラーメンの値段聞かれて、400円って答えたら、みんなに笑われたけどよ。買い物なんかカミさん任せだし、急に聞かれてもわかるわけねえよ』


 言って、黒子さんはズズ……と片手で湯飲みを掴んでお茶をすする。

 それは……なんぼなんでも高すぎないか。いや高級品ならありうる値段だが。なんか言葉遣いとかちょっと無遠慮な感じとかで庶民アピールしてるけど、やっぱこの人庶民じゃねえわ。湯飲みを持つ手の小指をまっすぐ立ててるし。


「まあカップラーメンの値段は置いておいて、じゃあ何でAIは問題になるんだ? まさか映画とかみたく悪のAIが世界を滅ぼすとか言わないよな?」

『全知全能のAIってやつか』


 黒子は俺に向き直る。俺は真正面から黒子に向かい合う。


『核ミサイルを全世界に乱射とか、大災害を巻き起こすってのがAIにできるってのなら、どうしようもねぇよな』

「俺は真面目に話をしてるんだが」


 さすがに茶化してほしくない。


『人をどうこうしようってのは、そんなパソコン一つでできるようなもんじゃねえだろ』

「そんなのはわからんだろ、今や世界はこのパソコンからインターネットを通じて繋がっている。物理的には全世界にウイルスをばらまくことだって可能だ」

『そいつぁ電気も水道も何不自由なく使える生活してる前提だな。あんちゃん達には理解しにくいかもしれんが、世の中まだまだ不便な生活してる人はたくさんいる。今の生活は多くの人達の努力があって成立してるんだぜ。スイッチ一つで照明がついて、火も起こさずにお湯が沸いて、そこから三分でラーメンが食べれるって、とてつもないことなんだぞ?』


 ぬぐぐぐ、返す言葉が無い。というか、なんで俺がAIで世界を滅ぼすことになっているんだ。俺は別に悪の科学者になる気なんて毛頭ないと言うのに。


「ま、確かにそりゃそうですね。考えてみりゃ、AIが世界を滅ぼすなんておかしな話だ。さんざんっぱらもてはやされているGPTコイツ自体、自分の意志なんてない。ただ聞かれたことに答えているだけだってのに」


 降参した俺は妹に同意を求めるべく、声をかける。


「……なあ?」


 妹は身体を震わせ、目から涙をこぼしていた。

 ……なんで?


「お、おい……」


 思わず伸ばしたその手を、妹は振り払う。


「……いいよ、なんでもない」

「なんでもなくはないだろ、どうしたんだ。どっか具合悪いのか」

「なんでもないったら!」


 妹は怒鳴って、居間を出ていった。


『気を悪くさせちゃったな』


 俺は茫然とするしかできない。理由はよくわからんが、マジ泣きだったな。俺は仕方なしにため息をつく。


『俺も軽率だった。あの年頃の女の子は難しい』

「男も女も関係ないでしょ、今の時代」

『そうはいっても難しいもんは難しい』


 俺は天を仰ぐ。黒子さんはお茶をすする。

 俺も真似してお茶をすすってみる。ぬるめの緑茶の苦みが喉から胃の中へと流れ込んでいく。

 ……こんなときはGPTコイツに訊いてみるか。


 〝妹が突然話の途中で泣きながら、部屋を出ていきました。兄としてどうすればいいか教えてください。〟


【まず最初に、妹がどうして泣いているのかを理解することが重要です。可能であれば、彼女の気持ちや悩みを尊重しながら、開かれたコミュニケーションを図りましょう。以下は一般的なアプローチですが、具体的な状況によって適応する必要があります。


 冷静さを保つ: 冷静でいることが重要です。急な感情の爆発や反応は、状況を悪化させることがあります。冷静になり、妹の感情を理解しようとする姿勢が大切です。


 場所を提供する: 彼女が落ち着くための場所や時間を提供してください。静かな場所で感情を整理することができるようになると、話しやすくなります。


 声をかける: 彼女が話したがっている場合、優しく声をかけてみてください。無理に話させる必要はありませんが、話すことで感情を共有する機会が生まれることがあります。


 共感する: 彼女の感情に共感し、理解する姿勢を示してください。「あなたの気持ちを理解できるよ」「一緒に考えよう」といった言葉が役立ちます。


 解決策を求めない: まずは感情を受け入れ、解決策を提供するのではなく、彼女の感情に焦点を当てましょう。理解と共感が先に来ると、その後に解決策を考える段階に移りやすくなります。


 時間を与える: 彼女が話すことを拒否している場合、無理に追求せずに時間を与えてください。自分のペースで話すことができるようになるまで待つことも大切です。


 もしも話を聞いたり、彼女が話したがらない場合でも、気配りとサポートの意思を示すことが大切です。場合によっては、専門家の協力を得ることも検討してください。】


 ChatGPTの回答を、俺と黒子さんはまじまじと観察する。


『いい回答じゃねえか、まずは冷静にならねえとな』


 ごもっとも。ここでじたばたしてもどうしようもない。ましてや、さっきの泣き方はマジ泣きだからな。そっとしておくのが吉だ。

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