◆◆ 007 -嫉妬の世間から妹はAIを守りたい-(2/4)◆◆

 * * *


「ほんまに何してんの、あにぃ。うち、ほんま恥ずかしいわ。ほんとすみません、黒子さん」


 妹がお茶を差し出しながら、黒子に頭を下げる。

 俺はまだ茫然と浮遊状態、心ここにあらず。


『いいってことよ。若ぇうちはそういうときもあるさ』


 パッドから文字と音声を出力した黒子はマスクを持ち上げ、湯飲みを器用に口に運ぶ。

 俺の中に疑問が鎌首をもたげる。


『この人、いつもと同じ人?』


 俺の電子パッドでの問いかけに、妹はきょとんと怪訝な顔をして、あっけらかんと答える。


「せやで」

『嘘だッ!!!』


 俺は間髪入れずに、パッドをガンッと音を立てて主張する。それはもう壊れんばかりに。


「あにぃ、どうしたの」

『絶対、この人違うよね。いつもと違う人だよね。明らかに一般人じゃないでしょ、この人!』


 ガンガンガンと何度も俺は主張する。

 妹は黒子を改めて見て、そして俺に振り返る。


「どうみてもいつもと同じ黒子さんやん」

『いや、そうじゃないでしょお!?』


 否定しながらもなんとなく妹の言っている意味がわかってしまうのも、哀しい。

 ちなみに電子パッドはホスト黒子の忘れ物なので、返事は高速である。技術の進歩ってほんと素晴らしい。


『あんちゃん、落ち着けよ。別におれぁ、おじょうちゃんを取って食おうってわけじゃねえんだから』

『そういう話じゃねえでしょお!?』

「あにぃはちゃんと口がきけるんだから、そんなパッドで筆談してないで、きちんと話しいや」


 妹はそう言って、俺からパッドを取り上げる。


「あんた、一体何者なんだ」


 俺の口から出た言葉。言ってる自分も直接的すぎるのはわかってる。

 正直、筆談でやりたかった。どうも、この黒子さんとはやりづらい。

 思わず、心の中でもさんという敬称をつけてしまうぐらいに。


『俺か? 俺ぁ役所めぐりが趣味のただの黒子だよ。ご覧の通り』


 何その水戸のご隠居とか遊び人の金さんとか貧乏旗本三男坊のような言い方。

 そんな言い方で、あ、そうですか。と納得できるかい。


「あにぃもいい加減にしいや、どっからどうみてもただの黒子さんやん」


 ……お前、絶対この人の正体知ってるだろ。話が進まないので、俺もこれ以上は聞かないがな。


「そういや結局カップラーメンが今、いくらするかわかったのか?」

『あたぼうよ』

「はい」


 妹がずいっとノートパソコンのモニターを見せる。

 見ると、2023年の5月から6月でずいっと20円ほど価格が上がっていた。金額にすると160円から180円ほどに。

 過去二年は横這いだというのに。


「何があったし」

『もろもろ資源価格が上がってるからな。ウチの国は大変なんだぞ。電気炊くにもヨソの国から油を分けてもらわにゃやっていけん。ドンパチもなかなかおさまらないしな』


 あ、そうですか。


「世間はなんでみんな仲良くできへんのやろな。GPTくんにも八つ当たりしてさ」


 そこは妹に同意したい。GPTこいつ、そこまで万能じゃねえだろ。


『いま流行りの人工知能ってやつか。今、見せてもらったけど、なかなか便利じゃねえか』

「せや、さすが黒子さん。わかってるやん」

『あんちゃんもそう思うだろ』


 え、ここで俺に振るの? ……妹からの期待のまなざしが痛い。


「まあ、聞かれたことには答えてくれるしな。あてずっぽであてにならん事も多いが」


 妹からの視線がムッとする。期待に応えてやれないダメ兄貴ですまんな。


『でもよ、このAIってやつは、何をそんなに世間から嫌われてるんだ?』

「あてにならない答えが多いからな。きちんとした正解ってやつがほしい人からしたら、〝ウソつき〟ってなるんだろ」

『とかく世間は〝正解〟ってやつを求めるからな。ちょっとした事で大騒ぎすんだよな。漢字の読み間違いとかよ』


 あ、そうですね。


「うちがよく聞くのは、生成AIっていう画像を出力する機能が問題になってるって話」

『ほう』


 ずいっと黒子さんが妹に身を乗り出す。このおっさん(おっさんかどうかは不明だが)、意外にもこういうのに興味しんしんなんだな。


「このGPTジピットくん、……うちがこのChatGPTをそう呼んでるだけなんやけど、AIって他にもあって、指定した単語を入れて、その通りに絵を描いてくれるAIもおるんよ」

『そいつぁ便利じゃねえか』


 妹はノートパソコンに入っている、AIで生成した画像を黒子さんに見せている。

 色々、何事か説明はしているが、結局のところは俺がGPTジピットに感じてる事と同じ。生成AIと言えど、思い通りに絵が描けるわけではないというものだった。


「だから、うちは世間が言うほどAIが万能だとは思えへんのよ」


 なんと妹と俺の結論が一致する。……正直、兄はもっとお前がAIを信用してると思っていたから、意外に冷静な意見で驚いたぞ。


『でも想像に近いものをその場で描いてくれる。さっきあんちゃんがやってくれたけど、欲しい返答に近しいものを答えてくれるってやつぁ、なかなか便利じゃねぇか?』


 そこは俺も否定はしないし、妹も無言の肯定。


「きっと誰もGPTジピットくんの話なんか聞こうとしないんや。話せば、AIはうちらの味方だってわかるはずなのに」


 妹のぽつりとつぶやき。さすがにいたたまれないので、兄として助け舟を出す。


「でも、そうは言ってもGPTジピットと話すのは一般人には無理だろ、仕方ない」

「は?」


 妹に、何言ってんの、この人。といった目で蔑まれた。え、オレ、何か今おかしなこと言った?


『これってメールアドレスってやつとパスワードを登録するだけだろ』

「せやで、他のSNSと一緒。まあ英語が読めん誰かさんには無理だと思うけど」

『でも今、海外のサイトなんかは自動翻訳機能あるじゃねえか』


 ……なんで、そんなこと知ってんの? うといのか詳しいのかよくわからないな、この黒子さん。


 ブラウザには下記の表示。

 サイトアドレス:https://openai.com/blog/chatgpt


 Introducing ChatGPT

 We’ve trained a model called ChatGPT which interacts in a conversational way. The dialogue format makes it possible for ChatGPT to answer followup questions, admit its mistakes, challenge incorrect premises, and reject inappropriate requests.



 黒子さんが翻訳ボタンをポチりとクリックすると、表示が日本語へ。


 ChatGPTの紹介

 会話形式で対話するChatGPTと呼ばれるモデルをトレーニングしました。対話形式により、ChatGPT はフォローアップの質問に答えたり、間違いを認めたり、誤った前提に異議を唱えたり、不適切な要求を拒否したりできます。


 表示の変化にほえーと俺は心の中で感心する。


「今ってブラウザにも翻訳機能ついてるんやね。GPTジピットくんも翻訳してくれるし、ほんま便利になったもんやね」

「え、そんなことできんの?」


 妹がじとっと視線で睨む。


「あにぃはGPTジピットくんを何だと思ってるん。ほんま爪の垢でも煎じて飲ませてあげたいわ」

『まあ翻訳サイトは昔からあるからな。そこらは俺なんかよりあんちゃん、嬢ちゃんの方が詳しいんじゃねえか?』


 もうやだこのコンビ。何も知らない純真無垢な俺をいじめないでほしい。

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