◆◆ 007 -嫉妬の世間から妹はAIを守りたい-(1/4)◆◆

 コポポポと湧き上がったお湯を俺はカップラーメンの容器に注ぐ。

 味わいの塩。

 澄み切った色合いの塩。

 塩。それは生きとし生ける全てのもの達になくてはならないものなのだ。


 * * *


 俺は箸を重しと乗せたフタの隙間から湯気がわきあがる、カップラーメンの容器を手に居間に足を踏み入れる。

 居間の中央のちゃぶ台の向こうには、腕組みをして座っている、黒子。


「ういっす」


 俺は軽く会釈をして、ちゃぶ台に腰を下ろす。そして、カップラーメンのフタをペリペリと剥がし上げる。

 解放された湯気が、麗しい芳香をまとって、俺の鼻孔に馳せ参じ奉る。

 鮮烈かつ芳醇な魚介の香りを俺は余すところなく、呼吸と共に吸い込む。

 これぞ、香りの株式上場だ。

 すかさず俺は箸を片手に、容器に差し入れて、麺とスープと具材をこれでもかとかき混ぜる。

 匂い立つ香りはジャスダックから東証一部へ昇り詰める。

 そして、俺は麺を掴み、一気に音を立ててすすり上げる!

 それはまさしく昇竜のごとし。味わいはまさに至高で究極。

 く~っと俺はあまりの旨味に眉間のシワ寄せ。

 そして、スープを堪能すべく容器を掴んで、潮騒のように縁に迫る汁をズズズとすすった。


「うまそうにくうじゃねぇか、あんちゃん」


 吹き出した。

 黒子を見ると、電子パッドに『うまそうにくうじゃねぇか、あんちゃん』の文字。


「しゃ、しゃ……」


 しゃべったぁ!?


『そんなに驚く事じゃねえだろ、時は令和。音声読み上げエーアイってのもあるんだろ?』


「ちょっと待てい」


 俺は口元を拭って、抗議する。ついでにちゃぶ台下のティッシュを手に取り、飛び散った個所を拭き取っていく。


『ちなみに俺がしゃべってんじゃないぜ、これ。俺が考えてることを読み取って、それをこのぱっどとやらが音声でしゃべってくれるってぇ寸法だ』


 あ、そうですか。


『ちょいと口が曲がってそうな声でわりぃんだけどよ、俺も仕事だから。ちょっくらつきあってくれよな』


 あ、そうですね。

 言いながら、なんで獲物を猟銃で仕留めるヒットマンのような仕草をするのかよくわからないが、今更何を気にしても仕方ないので、俺はそのまま食事を続けることにした。



 ◆◆ 007 -嫉妬の世間から妹はAIを守りたい- ◆◆



 残ったわずかなスープを俺は容器を傾け、全て飲み干した。

 堪能した。久々に満足する一杯だった。

 ただ単に俺が物事に動じなくなっただけとも言うが。


『カップラーメンって今、一杯いくらすんだい?』


 黒子からの音声と同時の問いかけ。


「さあ。買ってくるのは妹だから、200円くらいじゃないの。俺はよく知らん」


 答えて気が付く、俺の頭にピコーンと電球マーク。


「お願い、教えて、GPTジピットくん!」


 俺はちゃぶ台の端にあるノートPCを開いて、ChatGPTに問いかける。

 カタカタと打ち込んで、俺は一旦書き直してから問いかける。


 〝2023年のカップラーメンの平均価格っていくらするか教えてください〟


【残念ながら、私のトレーニングデータは2022年1月までのものであり、2023年の情報は含まれていません。そのため、2023年のカップラーメンの平均価格については正確な情報を提供することができません。商品の価格は地域や時期によって異なることがありますので、最新の情報を入手するためには現地のスーパーマーケットやオンラインリソースを参照するか、関連する経済データを確認することをお勧めします。】


 なん……だと……。


『おー、こいつぁすごいな。これが噂のAIか。じゃあ2009年辺りの平均価格聞いてみようや』


 なんで2009年?

 ずいと前のめりの黒子。

 なんつーか、この黒子のおっさんも今までと違うキャラ立ちしてるな。態度がでかいのはそうなんだが、嫌味に感じないというか、なんつーか不思議な感じだな。

 俺は素直に質問をGPTに問いかける。


 〝2009年のカップラーメンの平均価格を教えてください〟


【私のトレーニングデータには具体的な年次の商品価格情報が含まれていないため、2009年のカップラーメンの平均価格を正確に提供することはできません。商品の価格は地域やブランドなどによっても異なるため、一般的な平均価格を知りたい場合は、当時の消費者物価指数や関連する経済データを確認するか、当時の価格データが収められている統計機関のウェブサイトを参照することができます。】


 ダメなんかーい。

 俺は思わず心の中で突っ込んだ。

 そうだ、これだよ。GPTコイツはこれがあるから、いまいち信用ならないんだった。


『よし、じゃあ統計庁に行こう』


 ……は?


『役人てのはマメなもんでな。そういう細かいデーターも割と結構調べ上げてるもんなんだぜ』


 あ、そうですか。


「でも統計庁とか言われても、な」

『その便利ないんたーねっとってやつがあるだろ。いこうぜ、統計庁』


 あ、そうですね。

 俺は〝統計庁〟と検索で打ち込み、トップに出てきたHPをクリックした。

 https://www.stat.go.jp/


 ……俺は圧倒される。

 日本の人口、消費者物価指数、完全失業率と数字のオンパレード。

 国政調査、人口推計、住民基本台帳人口移動報告。

 やめろ、俺を殺す気か!? やめろ、やめてくれ!!

 俺はうろたえ、身もだえする。


『なにしてんだ、あんちゃん』


 俺は黒子に突っ込まれ、我に返る。


『まあ慣れない人間が見たら、目が白黒しちまうのも仕方ねえわな』


 黒子はノーパソを引き寄せ、HP右上の検索枠に両手の人差し指でポチポチとワードを打ち込む。

 そういうあなたはずいぶん手馴れてるみたいですけど、いったいどこのどなた様ですか?


 〝カップラーメン〟


 黒子が打ち込んだワードの検索結果が表示される。

 500件以上の検索結果。

 黒子は迷いなく画面をスクロールし、ある項目をクリックする。


 〝動-Ⅰ 小売価格の動き〟

 https://www.stat.go.jp/data/kouri/doukou/2022np/pdf/kourikakaku2022.pdf


『こいつぁ、2020年、2021年、2022年の三年間の値動きの比較表だな。そうだろ?』


 ……すみません、わかりません。

 確かになんか小売価格のグラフみたいなのがあるけど、なんですかこれは。

 俺は目の前の事象が理解の範疇を越えているため、身体が硬直している。

 この人、いったい何なの!? 今、数ある検索結果の中からあなた、何の迷いも無くこれをポチリと選びましたよね? こわっ! こわいよ、この人!

 恐怖に叫びたい衝動に駆られるのだが、身体がすくんで動けない。


『まあ、仕方ねえわな。カップラーメン、カップラーメンと』


 黒子さんは俺の様子を見てとって、ちょっと不慣れな手つきでマウスをスクロールしていた。


「いらっしゃい、黒子さん」


 妹が居間にやってくる。


『やっかいになってるぜ、嬢ちゃん』

「お兄ちゃん、何か失礼なことしてません?」


 妹のぶしつけな発言も今の俺には涙もの。


『あなたが神か』


 俺は妹に電子パッドを見せる。

 妹は怪訝な顔をして、黒子を見た。


「やっぱり何かおかしなことしてません?」

『いいあんちゃんじゃねえか。それよりもここの検索ってどうやるんだっけ? カップラーメンの項目を探したいんだよ』

「ああ、それはキーボードのCtrlとFを同時押しして――」


 妹が人に物を教えている。

 ああ、お前も遂にそういう立場に立てる人間になったんだな。

 やればできるんじゃないか。兄は妹の晴れ姿を見れて嬉しいぞ。

 俺は薄れゆく意識の中で、拳を振り上げ、心の中で強く叫んだ。

 我が人生に一片の悔いなし――!

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