◆◆ 003 -傲慢な妹は世界を滅ぼしたい-(1/3)◆◆

 じょぼぼぼぼ、ぼこんっ。

 カップ焼きそばの容器から注がれる熱湯が、台所のシンクに破裂音を奏でさせる。

 ふふふ、からくりは全て解けている。

 この世の全てには因果応報、奇々怪々。

 始まりが終わりがある。原因があって、結果がある。

 このじょぼじょぼ、ぼこんの現象は冷たいシンクに熱い熱湯が注がれることによる温度差により、膨張し収縮に至った際に音を立てるのだ。

 この世の叡智は我にあり。

 ふははははは、と心の中で己のあまりの賢さにほくそ笑みながら、容器を軽く揺すりながらちゃぶ台の畳に座る。

 容器を上下左右に揺することで麺の底のかやくがわずかなりとも麵と混ざり合うことができるのだ。

 何もバカ正直にフタを開けて直接箸でかき混ぜるのは愚かな愚の骨頂。

 容器をやきそばのフタをぺりぺりと剥がす。

 本日のカップ焼きそばは液体ソース。ソースの小袋をピリッと切り裂き、湯気のたつ麺の上空からスイーッとその琥珀色の液体を回しかける。

 そこから生まれいずるは、人の神秘の魅惑へといざなう極上の芳香アロマ

 恋を知らない哀れな坊さんが石垣飛び越えやってくるのがコーヒーのルンバならば、さぞかしこのアロマはソースのタンゴ。

 タンゴ、タンゴ、タンゴさんきょうだい♪

 脳内に流れるメロディを鼻で歌い、俺はおもむろに箸で麺をつかんで持ち上げる。

 記憶が蘇る。

 記憶の通りならば、この持ち上げた麵の滝の向こうに人がいた。……いや、あれを人と呼んでいいのかはいささか疑問が残りまくりんぐなのだが、今はそれは問題ではない。

 俺は麺の向こうに視線を凝らす。

 頼む、いないでくれよ。今日も俺の平穏に無事を与えてくれ、神よ。


『おいしそうですね』


◆◆ 003 -傲慢な妹は世界を滅ぼしたい- ◆◆


 ……いやがった。

 前回と同じく全身黒づくめの黒子とフリップ。いやフリップがホワイトボードに変わっている。

 こいつは一体なんなんだ。

 俺は疑問を心の中でつぶやくだけで、今は出来立てほやほや芳醇魅惑のマーメイドと化したやきそばをずぞぞぞと啜る。

 黒子はササッとクリーナーとペンを使ってフリップボードの文字を書き換える。


『お好みでてんかすを入れてもおいしいですよ』


 ふと、青のりを入れ忘れていたことに気づいた俺は、小袋をピリッと切り取り、ザッとふりかけ、ザックザックと麺とかやくとソース、青のりを吸引力の変わらないブラックホールのようにかき混ぜ、麺をずぞぞぞぞと口いっぱいに頬張り切った。


『かつおぶしもほしいですね』


 粉末状のソースとは違い、液体状のソースは麺とよくからみ、口当たりとのど越しもするすると流れ落ちる。

 麺、かやく、青のり、ソースが俺の口の中で銀河宇宙を形成した。


『七味派ですか? 一味派ですか? それとも……レモン派?』


 俺はおもむろに立ち上がり、冷蔵庫からマヨネーズを取りだし、残った半分ほどのやきそばにぶちゅーっと鬼の仇のようにかけまわした。


『ああ、なんていうことを! まさに鬼ちくの所業!』


 黒子は俺の挙動一つ一つに、いちいちクリーナーで文字をキュキュッと消しとってシャシャッと文字を書き換えている。たぶん〝ちく〟がひらがななのはちくの字が書けなかったんだろうな。


『マヨネーズは最高ですよね!』


 そこは否定しない。ほんの少しだけ見解が一致した俺は、問いかける。


「今日は何の用だ」

『失礼しました。私は2号です』


 ……は?


『この前の1号はからあげにレモン派ですが、2号の私はマヨネーズ派です』


 しらんがな。からあげにはおろしポン酢だろう。常識的に考えて。


「まーたカップ焼きそば?」


 ふっと背後より我が妹様。


「いらっしゃい、黒子2号さん。不届きなお兄ちゃんがごめんね。目の前でやきそばなんか食べちゃって」

『いえいえ、私は人が食べてるところを見るのは大好きです。興味深く拝見させて頂きました』


 よく観察すると、前回の1号はトンと音を立ててフリップを立てていたが、今日の2号はトンと立てずに両手でフリップを持って、こちらに掲げて見せている。

 それはそれとしてこいつ、普段は「あにぃ」とバカにした呼ばわり方をしてるのに、人前だと「お兄ちゃん」呼びができるんだな。いや、今更お兄ちゃん呼びもどうかとは思いますけどね? 小学生じゃないんだし。


『そういえば紅ショウガがありませんね』

「うち、苦手だもん。ピリッとしてさ」


 ふん、それがいいんじゃないか。酸味と辛みがソースで充満した口の中を新しくリフレッシュしてくれるんだ。ま、おこちゃまなお前にはまだわからんかな。

 ずぞぞぞぞ、と俺は残りのやきそばをすすり切る。

 ……と、俺は妹に耳をギリギリと引っ張られる。


「いてぇよ!」

「今、うちの事をバカにしたやろ」

「してねぇよ!」


 俺は妹の手を払いのける。


「顔に書いてあるやん」

「ねぇよ!」


 スッと視界の端で掲げられたフリップ。


『おふたりともとても仲がよろしいんですね( *´艸`)』

「「誰がこんなやつ!」」


 誤解しないでよね!

 俺と妹はお互い鼻息荒く宣言した。


 * * *


 俺と妹、そして黒子2号さんにはそれぞれ緑茶が置かれていた。

 急須と湯飲みは2号さんが持ってきてくれた。

 こんな葉っぱからお茶を淹れて飲むなんて何年ぶりだろう。

 アツアツのお茶をふーふーと湯飲みで飲むのも、これはこれで悪くない。

 俺は緑茶を礼儀正しく、おしとやかにすすった。


「うち、世界を滅ぼそうと思うねん」


 ブッとお茶を噴き出した。


『大丈夫ですか?』


 いや、それ俺じゃなくそこのドヤ顔の妹に言ってくんないかな?

 ゲホゲホとせき込みがいまだ止まらない俺は、視線で黒子2号さんに訴える。

 前回の1号とは違う気配りのできる2号さんなら、きっとわかってくれるはずだ。

 黒子2号さんは俺の視線を受け止めたのか、コクリとうなずいた。

 クリーナーでフリップをきれいにして、キュッキュッと書き込んでフリップを妹に掲げた。


『隕石ですか? それとも核戦争? あ、恐怖のウイルス感染拡大もいいかもしれませんね』


 おいぃ! 何焚きつけてるわけ? 2号さん? もしもし2号さん?

 俺の心のよびかけに2号さんは応じてくれない。


「あにぃ、小説の話やで。うちがほんまに世界を滅ぼそうとするわけないやん」


 ほんとかぁ?


『小説の世界なら何回でも世界を滅ぼせるから安心安全ですね』


 え、そうなの? その思想自体はかなり危険な気がするんですけど。

 俺は2号さんの見方を少し改める必要がある気がしてきた。そもそも今会ったばかりなんだけども。

 2号さんはパカッとちゃぶ台のノートパソコンを妹に向けて開いた。


『まずは先駆者に学びましょう!』

「お願い、教えて、GPTジピットくん!」


 妹はノートパソコンにカタカタとキーボードエンター。


 〝世界の滅ぼし方を教えてください〟


 俺は頭に頭痛が起こり、クラクラと鞍馬天狗が頭上を舞った。


【申し訳ありませんが、私は倫理的なガイダンスに基づいて行動し、法や道徳に反する行為や暴力的な行為についての助言や支持は提供できません。世界の滅亡や破壊に関連する話題は、深刻な悪影響をもたらす可能性があるため、避けるべきです。】


 チッと妹の舌打ち。

 お前、絶対リアルで滅ぼしたい願望あるだろ。


【代わりに、世界をより良い場所にするためにできることに焦点を当てましょう。私たちは持続可能な発展、社会的な公正、環境保護、教育の普及など、ポジティブな変化を促すために努力することができます。個人やコミュニティレベルから始めて、他の人々にインスピレーションや影響を与えることができます。】


 吹いた。

 こいつ、逆にたしなめられてるぞ、おい。

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