第53話 永井なる(矛盾)

どこに出すでもない駄文をカタカタ打っているのは、別に楽しくはないけど、やるべきことをやっているという安心感があった。


ここ最近、私は与えてもらうばかりで、何も与えられていない。

お金って意味では、サラさんに与えているけど、そういう話じゃない。

汗水垂らして、人のために動いていない。

そんなことを四六時中しているのも疲れるが、長時間、全くしていないと不安になってくる。


私は、この世界にいて許されるのだろうか、と。


カタカタカタカタカタカタ。


もちろん、小説なんぞ書いても誰かの役に立てるなんておこがましいことは思っていない。でも、自分のため以外に行動を起こせたことに、微量な喜びを感じている。


おそらく、誤字脱字が大量にあるであろうその文章を、最後まで書き切るまでは、この喜びに浸っていよう。

\



「・・・」


終わった。


結局、何を伝えたいのか皆目見当もつかない話だけど、書き切った。

時計を見ると、もう出なくてはいけない時間だった。慌てて外に出る。


wordに保存もしていなかった『拝啓キャバ嬢様』は、紙に印刷されることもなくお蔵入りとなる。


「ぐぅぁぃあぁぁ・・・」


バッキバキになった身体を伸ばして奇妙な声が出た。

さて、もう帰れると家に向かって歩き出す。


それにしても、流石天下の新宿のど真ん中だ。周りはカップルばかりだ。

中には、援助交際じゃない方が意味がわからないペアもいる。


まあ、私には関係ない光景だ。

1人で家に帰り、1人で寝る私には関係ない。

視線を下げる。

俯いていると心が穏やかになる。


・・・よし、行ける。


すれ違う人達は、私の人生に絡んでこないから、必要以上に怖がることはない。

そう自分に言い聞かせて、歩き続ける。

俯いているが、人とぶつからない技術は、ずいぶん前に習得したから、そこも問題ない。


それでも、声は聞こえてくるわけで。


「えー!田中さん、これ30万円ですよー!?」

「良いよ良いよ。カナちゃんに似合うし」


他人2人の会話。


どちらの声も高い。まるで女性同士みたいだ。

そんなわけない。この手の会話は、若い女の子と禿げたオッさんと相場が決まっている。

どうしても気になり、声の方へ視線を向ける。


女性同士だった。


片方は、派手な格好をした化粧が濃い女性。女性を美しくするための化粧をやり過ぎて元の良さを消しているほど濃い。


そんな彼女に30万円のカバンを買ってあげたらしい女性は、スーツをバッチリ着こなした大人の女性だった。


デキる女といった風貌で、こんなことは本人達には言えないが、釣り合っていないように思える。

人生で関わるはずのないタイプ同士が新宿でショッピングしている様子は、私以外の人目も集めている。

しかし、その2人は周りの視線なんて気にしないでイチャイチャしている。


あーあーあー。


天下の往来でそんなこと・・・うわー。

あまりのスキンシップにこっちが恥ずかしくなり、結局俯いて通り過ぎる。

歩きながら、私の中で不思議な感情が生まれていた。


ああはなりたくないけど、羨ましい。

矛盾している。

でも、確かにこれは私の感情だ。


きっと、今の私はどうかしている。

久しぶりに小説なんて書いたから、思考が明後日の方向にいっているんだ。少し寝たら忘れる程度の感情だ。何もするな。


そう必死に止めたのに、この永井なるとかいうポンコツは、同伴の予約をしていた。

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