第50話 永井なる(後ろめたさ)
「最近、明るくなりましたね」
担当の丹羽さんがそう私を評した。
「そうですか?」
「えぇ。こうして私にも会って下さっているのが、良い証拠です」
「本当に申し訳ありませんでした」
つい3日前まで、丹波さんからの連絡を無視していた、なんちゃって小説家は全力で頭を下げる。
本当なら土下座をしたい勢いだったが、そんなことをして丹波さんを困らせるのは、さらに恥を上塗りする所業だと判断して、思い止まった。
謝罪っていうのは、加害者のためにある概念だと思う。
謝罪の言葉だけを受け取っても、被害者には何のプラスにならない。ただ、加害者がスッキリするだけだ。「謝らせてくれ」と言ってくる奴がいたら気をつけた方が良い。そいつは貴方に何も与えないから。
そんな自分を許すための謝罪をせざるを得ないくらい、丹波さんへの罪の意識は重かった。
こんな社会不適合者を相手にしなければならないなんて、編集者とは大変なお仕事だ。
本当に頭が上がらない。
「何か良いことありました?」
朗らかにそう聞いてくる丹波さん。
お世話になっているとはいえ、キャバクラでチヤホヤしてもらってますとは言いづらい。
「えっと、推しを見つけまして」
これからアイドルか何かだと思ってくれるだろう。
「へぇ」
そう簡素な相槌をしている丹波さんの目は、新しいおもちゃを与えられた子供のようだった。
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サラさんに私の職業がバレたみたいだ。
他の客なら見逃しているだろう微細の変化を、私なら感じ取れる。サラさんへの愛と小説家としての観察力を舐めてもらっちゃ困る。
真面目なサラさんのことだ。私の著作を読んでいる可能性が高い。
あのアラだらけの小説を楽しんでくれただろうか?
小説なんかでサラさんの、人間に影響を与えられると思うほど、私は驕ってはいない。
だから、サラさんの目に正気が生じ始めたのは、気のせいだ。
サラさんのキャバ嬢としての考察はできても、帰ることができるなんて、傲慢にもほどがある。
調子に乗っても何も得がない。
私は、高望みせず、大人しく、静かにサラさんに貢げば良いのだ。
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