第44話 ナナ

「拾えよ」

その冷たい声に、私はやられた。


辛いことがあっても、ヘラヘラ笑ってやり過ごすしか自分を守る手段を知らない私に、「こうやるんだよ」と、舐められないお手本を見せてくれた気がした。


あの客は、私の「男」のイメージそのままの怖い人だったから、私は言い返せなかった。


幼少期に、あの男に受けたことわ忘れられない。

しかし、あの男が再婚したあの人のおかげで、私は愛情を受けることができた。

何故、あんなよくできた人があんなクズとくっついたのか意味が分からない。

化粧は濃いけど、優しい人だった。


「昔から女の子が欲しかったのー」


まるで、男の子はいたことがあるみたいな言い方だと思ったけど、詳しくは聞かなかった。もし、弟なり兄に会うことになったら面倒臭いし。


クズと違ってお金を持っていて、可愛いお洋服をたくさん買ってくれた。


「なんでそんなにお金を持ってるの?」


そう聞いた私にあの人は、その後の生き方に影響を与えることをサラッと言った。


「男の人をチヤホヤしてお金をもらってるのよー」


ネットというのは便利で、学校のパソコン室ですぐにキャバ嬢という職業の存在を知ることができた。

こんなことでお金を払うなんて、男って馬鹿だなぁ。と思うのと同時に、納得もしていた。

男は、お金を払うこと自体が目的としか思えない愚かなことをよくする。


あの人が来る前、今月の食費を競馬に全部使ったクズを私は知っている。

破滅願望と言えば良いのか。おそらく、そういった欲求は女より男の方が大きい。

そんな愚かな男からお金を巻き上げる。

素敵な職業じゃないか。

\



私が高校を卒業する頃には、あの人はいなくなっていた。

薄情だとは思えない。むしろ、よくあのクズと7年も夫婦で居続けてくれたもんだと感心するくらいだ。


高校を出て、すぐにキャバクラに働くことにした。当時はまだ18歳だったけど、年をサバ読んで採用してもらった。たぶん、そういう人はウジャウジャいる。お店も気づかないふりをしているのだから共犯関係だ。


仕事は、ストレスは溜まるけど、結局はお金を落とすのは男の方だったから我慢できた。また、あの人と雰囲気がにている仲間達に囲まれるのも、我慢する力になっていた。


そのお店で4年勤めて、それなりに固定の客(馬鹿)ができ始めた頃、サラちゃんは現れた。


「よろしくお願い申し上げます。サラです」


なんだか、キャバ嬢に向いてない。真面目なタイプだし、すぐに辞めるだろうと思っていたけど、サラちゃんはこの仕事にしがみついていた。

なんだか、執念に似たものを感じて、少し怖かった。この子は、何を抱えているのか気になり、話しかけてみたが、自分のことは全く話さない。


そんなサラちゃんが心配になってきた。

これは、そのうち壊れるんじゃないんだろうか。

\



そんなある日、なるさんが来店された。


風変わりな客は、同じく風変わりなキャバ嬢と仲良くしていた。

なんか、良いなぁ。


その2人を見ていると、癒された。根本的に似ている者同士の本当のコミュニケーションをしているように見えた。

何も大声で盛り上がるだけがコミュニケーションではない。言葉をしっかり選んで、相手のことを考えながら喋る方が美しい。


そんな尊い雰囲気を私が壊してしまった。


馬鹿(客)を巧くコントロールできなかった。


「誰がこんなブス連れてこいっつったよ!こっちは金払ってんだ!」


私の外見がご不満だったらしい。

さて、ヘラヘラ謝るか?それとも黒服さんに頼るか?

そう考えているうちに、なるさんは私の前に立っていた。

私を守るように。


「お金があれば問題ないんですね?」

「なんだあんた!ガキは引っ込んでろ!」


お金。

この世で最も強いもの。

人間なんか、結局はこの紙に右往左往させられるくだらない存在だ。

そのお金をばら撒く美しい女性。


「拾えよ」


格好いい。

好き。

\



それから、なるさんとサラちゃんのペアを観察するのがより楽しくなった。

いわゆる箱推しという奴だ。


なるさんが店に来なくなった時も、サラちゃんの顔を見たら別の場所で会ってることは分かったので心配はしていなかった。でも、やっぱり生で見たいので、サラちゃんになるさんの話題はちょいちょい出していた。

まさか、次に来店されるのが、大人気小説家としてとは思わなかったけど。


もちろん、なるさんの著作は全部読んでいる。

でも、今回は推しのカップルの話だ。

気合いを入れて読まなくては。

\



「・・・サイコー」

語彙力が死ぬくらい良かった。

一生ついていきます。

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