第39話 りんごジュース

「どうしましたー?」


ここ3週間、インタビューで小説家モードのなるさんとしか話していなかったので、このゆるい雰囲気の声を聞くのは久しぶりだった。


「あ、えっと、今何してんのかなぁっとおもって」

10年来の大親友みたいな言い方をしてしまった。

「お風呂上がって、ファンタ飲んでるところですよ」


ファンタ。

そういえば、お店でも甘い炭酸を好んで飲んでたな。


「炭酸系好きなんですか?」

「はいー。毎日何かしらは飲んでますねー」


お風呂上がりだからか、口調が砕けている。

家のテンションを知ることができて嬉しい。

なるさんの家って、どんな感じなのだろう?

大きい本棚にビッシリ本が並んでいて、執筆用のノートパソコンがあって・・・映画のポスターもたくさん貼ってありそう。

なんだか、男の人の部屋みたいだなぁ。


「サラさんは、やっぱりお酒が1番ですか?」


あちらからも質問してくれた。

私が電話をかけたのだから、私が会話を運ばなければならないのに。

優しい。


キャバ嬢なので、基本的にお店ではお酒を飲んでいる。お客様である、なるさんからの印象は必然的にお酒のイメージになる。

でも、実はお酒の味の良さを分かっていない。

21歳のキャバ嬢の小娘にとってシャンパンとは、お金の具現化した姿でしかない。

毎回頼んでくれている、なるさんには申し訳ないけど。


「実は、普通にりんごジュースの方が好きです」


なるさんが初めて来店した時、お酒が苦手なこの人にりんごジュースをおすすめしたのは、美味しいのはもちろんある。でも、私が好きだという理由が最も強い。


「あ、そうなんですか?じゃあ私達、味覚似てるかもしれませんねー」

「うん」


なるさんの言葉には、お酒をたらふく飲んだ後のりんごジュースのような優しさを感じる。

自分で自分をいじめた後、甘やかしてくれる。


こんな言葉を聞ける今日の私は、贅沢だ。

贅沢ついでに、ずっとしてみたいと思っていた提案をしてみよう。


「あの、今度のインタビュー、なるさんの家でできないかなー・・・なんて」


他人を家に入れることの不快感は知っている。

自分の好きな色を塗っていたのに、全く好みでない色を紙のど真ん中に塗られたような不快感。

でも、それでも許せる人間も稀に出てくる。

なるさんにとって、私は許してくれる側の人間なのだろうか。


「良いよ」

変わらず優しい声で言う。

「サラさんだったら、良いよ」

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