第35話 ナル

歩く度にギシキジいう建物だけど、慎重に歩けば床が抜けることはなさそうだった。

こんなになっても、最低限の機能を持っていることにある種の哀れみを感じる。

いっそのこと、全てがぶっ壊れていれば、廃墟呼ばわりされなかったろうに。


廊下を進むと、名前が分からない虫がいっぱいいた。ゴキブリにしては小さいし、フォルムも違う気がする。

私は、そこまで虫が苦手ではないので、特に怯むことなく足を動かした。


リビングが見えてきる。

家族みんなでテレビを観たり、ご飯を食べたりした空間。


暗い。


窓から日差しが入ってきているので、そこまで暗くないはずなのだが、そう感じる。


テーブルやソファ、テレビの位置はそのままだ。

しかし、その事実は私に懐かしさを提供してくれなかった。

俊足と何が違うのか、イマイチ分からない。分からないけど、ここは、つまらない。

私の得るものは無い。

そう判断して、2階に向かう。

\



お姉ちゃんと私は、1つの部屋を共有して使っていた。

不思議と、自分だけの部屋が欲しいと思ったことはない。基本的に孤独が苦手だった私は、1人で寝れる気がしなかった。

そういえば、祖父母の家でも、お姉ちゃんは一緒に寝てくれてたっけ。


2階に、その部屋がある。

階段を上りきって、すぐに部屋が見えた。


ドアが開いていたその部屋は、本やDVD、バンドのポスターが所狭しと置いてあった。全部お姉ちゃんのだ。


私のものはと言うと、クタクタのクマのぬいぐるみくらいだ。

そうそう。このぬいぐるみと、いつも一緒にいたな。


遊ぶ時も、寝る時も、トイレ時も。


そのせいで今のこいつはクタクタな上に、めちゃくちゃ汚い。

元々茶色だったが、今は黒の方が目立つ。


かつての友達を置き去りにしてしまった罪悪感と、また一緒にいてもらいたいという傲慢さによって、私はそいつを抱き上げた。


さっきから、こいつだのそいつだの言っているが、名前は何だっけ?

何が友達だ。名前も覚えていないとか、聞いて呆れる。


どう頑張っても思い出しそうになかったので、今、新しい名前をつけることにした。

あんまりひねりすぎても良くない。あと、短い方が良い。


迷子の子供のように頼りない雰囲気。

・・・よし。


こいつの名前は、ナルだ。


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