第29話 85分の映画

自分の醜さを真正面から見てしまった。


何が「お姉ちゃんの話、もっと聞きたい」だ。

結局は自分が楽になるための行動に過ぎなかったわけだ。


・・・そういえば、ナナさんのことをすっかり忘れていた。

最初は頭にあったけど、気づけば自分勝手な話をするのに夢中になってしまい、終わる頃にはすっかり忘れてしまった。

自己嫌悪に、ナナさんへの申し訳なさも加わり、いよいよ辛くなってきた。


しかも、時間帯も悪い。

午8時15分。

カーテンを開けなくても分かる、朝の活力に当てられてお腹が重くなっている錯覚をする。


この感覚は、覚えがある。

仕事中、厄介なお客様の対応している時に全く同じだ。


いけない。


今は、プライベートだ。

勤務時間以外に仕事と同じ種類のストレスを感じるのはマズイ。


何か、気分転換をしよう。

寝るのが良いのだろうが、こういう時は疲れていても寝れないという地獄になりやすい。


今の時代、映画を観るのにハードルは低い。

私はサブスクにアクセスして、面白そうな映画を探す。

\



30分は映画を探し続けていることに気づいた。


あまり集中しなくても楽しいやつ、今まで観たことがないやつ、90分くらいのやつ。

そんな条件にピッタリ合う映画は中々見つからなかった。

気分転換のつもりだったのに、変な労力を使ってしまっていた。


気分転換の気分転換のために、冷蔵庫にエナジードリンクを取りに行く。

キンキンに冷えていて、味も美味しい。


少しだけ嬉しくなり、部屋を見渡す。

ふと、本棚のアラキタアリスコーナーが目に止まる。


「・・・そういえば、映画化されたやつもあったっけ」


タブレットの元に戻り、ブレイクする前に何故か映画化されていた『今日も曇りのち雨』を検索にかけてみた。

上映時間85分。

うん。これだ。

\



私は泣いていた。


何故かは分からない。

本当になんでもないシーンなのに、涙が止まらない。


小説も読んでいたが、サラッと読み飛ばしていた箇所。

主人公と兄が朝食を食べているシーン。


目玉焼きが美味しそう。

食パンが少し焦げてるな。

オレンジジュースを一気に飲んだな。


感想としては、それくらいしかない。


でも、愛おしくて仕方がない。

こんなシーンを書いた人が、私をモチーフにして新作を書いているのか。


「・・・私の醜いところくらい、見せても別に良いや」


その独り言が、あの人に聞かれている気がして、私は振り返った。

そこには、飲み終わったエナジードリンクの空き缶があるだけだった。

自嘲気味に笑って、カーテンを開けた。


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