第26話 忠告

「さて、場の空気も良くなったところで」

別に良くなっていないが、丹羽さんがそう思うのなら良しとしよう。


「アラキタ先生、新作を描き始めて下さいました」


アラキタアリスの新作。

きっと、王様のブランチとかで紹介されるに違いない。


さすがテレビのスタッフさんは優秀で、10分くらいで「読みたい」と思わせてくれるVTRを作ってくれるだろう。

名前の知らないブランチガールのやりすぎなリアクションはウザいけど。


「サラさん。貴女を主人公にした小説です」

「・・・」


あのインタビューを受けてから、そんな気はしていたけど、実際の担当編集者から言われると、今更ながらビビってしまう。


私の人生、そんなに面白いのかな?


出来上がった小説が私のせいで面白くなくても、なるさんが再びペンを握ったことには、それなりの価値があるように思える。


「次回のインタビューは、2日後ですよね」

「あ、はい」


お茶目おじさんの丹羽さんは、少し言いにくそうにして、コーヒーに口をつける。釣られて私もコーヒーに手を伸ばす。


砂糖をどっさり入れたから、苦くはないが、缶コーヒーほどの甘味はない。

なるほどなるほど、これが本物のコーヒーってやつか。

と、脳内で呟いて孤独のグルメごっこをしていると、丹羽さんの心の準備も終わったらしく、話に戻った。


「これからの先生には、気をつけて下さい」

「・・・」


店内の薄暗さも手伝い、恐怖心が少しだけ芽生える。


「小説家の『アラキタアリス』は、サラさんの知っている『なるさん』ではないと思っていた方が良いです」


言っていることは分かる。

キャバ嬢としての『サラ』と自意識過剰女の綾川景は、全く違う人格であるのと、理屈としては一緒だ。


しかも、相手はあのなるさんだ。

私レベルの変貌ではないだろう。実際、前回のインタビューでのなるさんは怖かった。


私が黙っていると、丹羽さんは無理に笑った。


「すみません。怖がらせるつもりではなかったんです。でも、アラキタ先生の歴代担当は、それなりの苦労をしていたので・・・」

「大丈夫ですよ」


丹羽さんの忠告をしっかり受け止めて、私は言う。


「人と関わるんです。傷つく覚悟くらいはできてます」


再び、コーヒーを飲む丹羽さん。


「・・・先生があなたを気に入った理由が少し分かりました」


褒めてもらえているらしいけど、丹羽さんの表情は苦しそうだ。


「飄々としているようで、芯が強いから、いざという時に迷わない」

「そんな良いものじゃないです。ただの考え足らずです」


ヤベー。

なんか、メチャクチャ過大評価されている。

でも、そこまで言ってもらえるのなら、少しはベストセラー作家と渡り合えるかな。

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