第24話 もっと聞きたい
「仕事の調子はどう?」
こういう質問を自分がすることになるとは思わなかった。
どう?と言われても、一言では表現できないから「ぼちぼちっすねー」とか「いやー、今はどこも厳しいっすわー」と返すしかなくなる。
それからは、不景気トークに突入だ。
プレミアムフライデーとか、やってるとこ本当にあるのかよ。みたいな愚痴を話す。
まあ、楽しいは楽しいのだが、前会った時も同じようなこと話さなかったっけ?と思いながら家路につく。
そんなことの繰り返し。
大人の飲み会の常套句。それが「仕事の調子どう?」だ。
つまらない質問だが、今はこの質問に頼ろう。
私は、お姉ちゃんの愚痴を聞きたいのだ。
「お。景ちゃんがそんなこと聞いてくるなんて珍しいね。最近、仕事でなんかあった?」
これだ。
絶対にお姉ちゃんの方が大変なのに私の心配をする。
気を抜いたら私の話になる。
「私は、友達ができてから割と楽しくやってるよ」
「友達!?景ちゃんがまっすぐそう呼ぶのって、小学生以来じゃない!?どんな人なの!?」
しまった。めちゃくちゃ食いつかれてしまった。
「普通の人だよー」
「女!?年は!?」
「女・・・年は、たぶんちょい上」
そういえば、なるさんって何歳なんだろう?観てきたものはほぼ一緒だからそんなに離れてないと思うけど・・・。でも、なんとなく上だと思う。
稀に見せる冷たい眼差しは、百戦錬磨の大人の女性って感じだ。身体は、ちいちゃいけど。
こないだのインタビューでのなるさんはちょっと怖かったしな・・・。
仕事モードっと感じで、適当なことは言えなかった。なんか、最後好きな動物とか聞いてきたし。あれは変な恐怖だったなぁ。
・・・そうだ。あのインタビューで私はお姉ちゃんとちゃんと向き合うって決めたんだ。
未熟な現在の私よりさらに未熟だった中学生の綾川景は、痣を残された上にずぶ濡れになったお姉ちゃんの力になる方法にお金を選んでしまった。
もちろん、間違っていたとは思わない。
でも、お金に全振りする必要はなかったと思った。
側にいて、話を聞いてあげればよかったのだ。
根本的な解決にはならないが、あの日の夜を乗り越えるために心の傷を少しでも癒すべきだった。
現在の私はキャバ嬢だ。
話を聞くプロだ。
知らないおじさんの話を聞けるのだ。大好きなお姉ちゃんの話が聞けないわけがない。
「まあ、仲良くしてもらってるよ。お姉ちゃんは?仲良くしてる人はいる?」
「んー?最近はSNSのみんなかな」
「あー。小説の感想とか書いてるんだっけ?」
「うん。好みの傾向が似てる人達と話すの楽しいよー」
今時、そういう交友関係を否定するのは50オーバーの師匠方くらいだろう。
SNSは、やり方さえ間違わなければ非常に楽しいものだ。
「そっか」
「あ、でも、どうやって調べたのか分からないけど職場の人がDMしてくるのは面倒かな」
困ったような笑顔で言う。
「小説とは関係ないことを話してくるのは、まだ良いんだけど、仕事の話は勘弁して欲しいなぁ」
「せっかくのプライベートなのにね」
「そうそう!どんなに話しても結論なんて出ないことを話されても困るよ」
ちょっとエンジンがかかってきたか?
いつもより少し早口だし。
「会議とか、本当に時間の無駄遣い。やるならせめて3人くらいにするべきだよ。10人20人集まったら緊張して良い意見持ってる人が発言できないこともあるし、結局声が大きい人達が勝手に決めていくのを見てるだけの時間。で、4日くらいしたら同じような議題で2時間も会議するの。暇なの?私達は、他に仕事たくさんあるんですけど」
お姉ちゃん史上最も長い話だった。
「あ、ごめん。こんな話つまらないよね」
また、気遣いモードに戻ろうとするお姉ちゃんに穏やかに言う。
「いや、もっと聞きたい」
私の顔が変だったのだろうか。マジマジとこちらを見るお姉ちゃん。
「お姉ちゃんの話、もっと聞きたい」
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