第22話 タッグ
本屋さんで2時間過ごしたのは初めてだった。
私も本が好きな方だと思っていたが、なるさんはレベルが違う。
小説や漫画はもちろん、ライトノベル、ビジネス書、新書などを計50冊は買っていた。そのとんでもない重さになった髪の束を編集者だと言う若い男性が車に詰めている。
「いつもすみません」
「とんでもないです!ウチの稼ぎ頭が俺なんかに頭なんか下げないでください!」
学生時代はサッカー部って感じかな?きっと人気者だったに違いないと思う、快活な人だった。
謎の派手な格好の女にも笑顔を向けてくれる。
「それでは、新作の執筆頼みますね!」
「はは・・・」
テンションの差がすごい。
サッカー部編集者が去っていってから、なるさんはホッとした顔をする。そして、私に申し訳なさそうに謝った。
「すみません。カフェとかにも行く予定だったんですけど、もう時間になっちゃいました」
「全然。楽しかったです」
少し疲れたが、私も気になっていた小説を買ったので、無理して付き合っていたわけではない。
「あ、あと、私一応、小説家です」
「あ、知ってます」
軽いカミングアウトと軽い返し。
そいえば、なるさんからは小説家ですと言われたことは無かったっけ。
「丹羽さんですよね」
肯定する。
うすら笑いを浮かべて言うなるさんは、まるで家族について話すような恥ずかしさの中に微量な好意が混じっている表情になる。
「あの人、私のこと社会不適合者だと思っているみたいなので、編集者以上に世話を焼いてくれるんですよね」
あの、私達とは正反対の立派な社会人のおじさんわ思い出す。
そうか。
なるさんも「お父さんみたい」と同種の印象を持っていたのか。
「丹羽さんが、今度キャバクラが舞台の小説を書こうって提案してきて、同伴がどういうものかサラさんに取材してきて下さいって言い出して・・・サラさんと知り合いってことを隠すのを忘れたみたいです」
「ふふ」
もしかしたら、その裏には詐欺師が絡んでいるのかもしれないけど、今は考えないことにする。
「なるさん」
名前を呼ぶ。
こうして本屋デートをした後も、目は合わせられないが、頑張って目をまっすぐにしようとしている小説家に、馬鹿のふりをして言ってみる。
「その小説を書くのに、知りたいことがあったらなんでも聞いて下さい」
以前は、小説に文句を言うのは失礼だと、関わるのは諦めていたが、取材という言い訳を得た私を止める要素は無かった。
「はい。よろしくお願い申し上げます」
不自然なくらい丁寧にお礼を言われて、胸がいっぱいになる。
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死ねない理由ができた。
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