第20話 雑談
「5月病なんて言葉を生み出した奴は、本当の鬱症状を知らない」
田島さんの会話のひとかけら。
場所は、変わらずメイド喫茶だ。
「こちとら、1年中憂鬱だ。
1月は、新しい年が明けたという、何が嬉しいのか分からないことで浮かれている連中を見て鬱になる。
2月は、もう冬に入ってからずいぶん経つのに寒さは酷くなる一方な上に、バレンタイン効果でカップルが多くなることに鬱になる。
3月は、もうさすがに暖かくなるだろうと油断していたら、まだまだ防寒具が手放せないくらい寒い日が続き、鬱になる。
4月は、必死こいて構成した人間関係をぶっ壊すことが多いから、鬱になる。
6月は、ジメジメしているくせに祝日がない何の旨味のない月。これから夏がくると予感させられるくらい暑いが、まだクーラーをつけるわけにはいかないと、部屋でうなだれて鬱になる。
7月は、同僚が夏休みの予定を立てるのを見て、予定のない自分を再確認して鬱になる。
8月は、学生達が楽しそうにしている姿を見ながら通勤して、夏らしいことを何もできないから鬱になる。
9月は、秋がやっと始まったと思ったら、結局暑いから鬱になる。
10月は、他の月よりはマシだったけど、ハロウィンが定着してからは1番嫌い。仕事で渋谷に行かなきゃいけない時は時刻。鬱になる。
11月は、無駄に長い冬の始まりを感じるから鬱になる。
12月は、クリスマスとかいう馬鹿が騒ぐだけのイベントに心を引き裂かれるから鬱になる。
ね?
何も5月だけじゃないよ」
スラスラと全ての月の悪口を言い切った。
これは、それなりに他でも試しているな。
「気持ちは分かる。でも、11月は許してやってくれない?」
「なんで?」
「何もイベントがない過ごしやすい月だから」
他の月は、何かとイベントがある。
6月も候補に上がりかけたが、父の日がある。
私のお父さんは行方不明だから、直接は関係ないが、デパートに行くと、大概「父の日フェア」みたいなことをやっている。その飾りつけを見る度に自分に親がいないことを思い出される。母の日も同様だ。
「本当に何にもないんだよ。11月って」
イベントがない時期は、面白くはないけど落ち着くものだ。
「ふむ。異議を認めます」
「偉そうだ〜」
高校の頃は、もっと格好いい雰囲気だったんだけどなぁ。
その面影は見る影もなく、面倒なことを言い出す変な人と化していた。
私の美しい思い出が・・・。
「じゃあ、11月以外は常に鬱なんだよ。5月だけを特別視する意味が分からない」
正直に言うと、この会話に意味はない。
同じような思考だということが分かったから、他の人には話せないようなどうでもいいことを話しているだけだ。
たまには、鬱憤を吐き出したいけど、壁相手ではあまりに味気ない。だから、私におはちが回ってきた。
「この年になるとさぁ、本気で楽しいと思えることってなくなるじゃん?その後穴をみんな、そこを家族とか友達とかで埋めてるんだろうけど、コミュニケーションを仕事としか思えない私達は、ちょっと分が悪いよね」
「うん。まあ、孤独死を覚悟して準備するしかないよね」
そのためのお金だ。
「ヘルパーさん雇うとか?」
「そうそう。未だに『そういうのは家族に任せるべきだ』って馬鹿丸出しのことを言う人もいるけど、お金を払って『仕事』としてケアしてもらう以上に安心できることはないよ」
「家族の絆より、お金を受け取ることでの責任感か。まあ、そっちの方が信頼できるね」
絆。
この世で最も信じてはいけない概念。
「お金お金言ってると叩かれるけど、お金がなくなったら絆どころじゃないのに」
お医者様が言うと重みが違う。
そういえば、こないだ飲んだ髪が長くなる薬も高かった。
「あの薬で儲けてるもんね」
からかうつもりで言ってみたが、要らないカミングアウトをしてこられた。
「あー。だって、あれ詐欺だし」
一度は田島さんを信じて服薬の決意をした私は、即座に言葉を返すことができなかった。
「なんか、私疲れてる女の人に好かれやすいんだよ。これをなんかに利用できないかなーって荒木さん・・・あ、看護師さんね。に相談したら、髪が長くなる薬でも処方したらどうかって。話を聞いたら、足はつかないっぽかったから、ただの抗生物質を高い値段で売ってんの」
しかし、冷静になってみると、騙されていても別に良い気持ちで買っていたことを思い出す。「旧友のお仕事に貢献してみようかな」くらいの感覚だ。
「そしたら、景まで買ってくれた」
お医者様兼詐欺師の田島さんは言う。
「お返しに、私にできることだったらするよ」
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