第18話 プロ

「どうしました?」

なんともざっくりした質問をされた。


待ちに待った水曜日、なるさんのりんごジュースを一口飲ませて下さいと分けてもらい、「間接キスですね」と笑ってみたら、心配そうにそう聞かれてしまった。


「なんか、無理してる感じがします。いつも通りのサラさんが良いです」

「無理なんかしてないですよ。なるさんと一緒にいられるのが楽しいです」


私の顔だけでなく、頭の中までも見透かすような視線を受ける。

基本的に、私は人の視線が苦手だ。

喜怒哀楽のどの感情でも、居心地が悪くなる。


何か変なことをしてしまったかと、顔が熱くなる。

それとも、私の見た目がそもそも変なのか?

丸顔?八重歯?デコが広い?


あと・・・ショートカットが似合っていないところ?


でもね、髪型に関してはこれから改善されるかもよ?


「はっはっは。なるさん、私にだってテンションが高い日くらいありますよ」


朗らかに笑うと、なるさんはハッとして謝る。


「す、すみません。ずっと同じテンションの方はいませんよね」


それからも、いわゆるキャバ嬢の接客ができた気がする。

なるさんの話を盛り上げられるような相槌ができた。


「すご〜い」「さすがです」「そうなんだ〜」「憧れちゃうなぁ」「かわいい〜」


便利な相槌TOP5をふんだんに使えた。

さらに、ボディタッチもすることができた。

氷をグラスに入れる際に意図的に肩を寄せてみた。

気づかないふりをしてたから、なるさんの反応は見れなかったが、あれはファインプレーだっただろう。


時間がきて、なるさんは帰っていく。

よしよし。

今日は完璧な接客だった。

ドヤ顔で控え室に戻る途中、オーナーに声をかけられる。


「ちょっといいかい?」

お。

褒められちゃうかな?

\



「良さが全部消えてる」

ゴミを出す場所に連れてかれて、そう言われた。


『闇金ウシジマくん』だったら、これから私が借金を背負って酷い目に合うパターンだ。

1巻の薬物づけになった女性の話、怖かったなぁ。


「サラは、あんなことになる前に自分をコントロールできるから大丈夫」


声に出てきたらしく、フォローされてしまった。

やっぱり、こういう仕事だと、大体の人が『ウシジマくん』を読んでるな。


「どうも。で、私の良さって何ですか?」

私が脱線させた話を私が戻す。


「うん。一昔前にアイドルで『塩対応』ってのが流行ったろ?」


あー。

なんだっけ。雑にファンサービスすることだっけ?


「あれに近い魅力なんだよ」

「マジですか」


「マジマジ。お客様からも、『サラさんが話に入ろうとして失敗しているのが可愛らしかったです』とか、『顔が良い分、あの不器用さのギャップが良い』とか評価してくれてるよ」


お店のサイトで、気に入っている嬢へのコメントが打てる。

中には、センシティブなコメントもあるから、全てをオーナーレベルの管理職しか見てはいけない決まりになっている。


しかし、そんなふうに言ってくれているお客様もいたのか。


「あと、なるさんがくる前から、女性のお客様からの評価が高い。上司に連れてこられて困っていたら、それとなく助けてくれたって人、結構いるよ」


「え。それは嬉しいです」


棚ボタで褒められてヘラヘラしてしまう。


「でな、今日のサラは、頑張っていたんだけど、なるさんが求めてる感じではないんじゃない?」


おっと。

これからは、説教タイムか。


「まあ、積極的になるのは良いことなんだけど、お客様が何を求めているキャラに合わせるのがプロだよ」


ぐうの音も出ない。

牛丼が食べたいのにマカロンを出されたら、いくら美味しくても期待外れになってしまう。


でも、なるさんは、何を求めてるんだろう。


「なるさんは、サイトに書き込みしてるんですか?」

「たぶん、書いてない」

やっぱりかぁ。

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