第16話 お医者様
「綾川さーん」
夢の世界から引き戻す看護師さんの声。
寝ていたことに軽く焦って診察室まで小走りする。
別にゆっくりでも良いのだろうけど、誰かを待たせている状況というのが昔から苦手だった。
待っている人の顔を見るのが怖い。「早くしろよ」って顔をしていたら、その日一日引きずる自信がある。もしかしたら、「ゆっくりで良いですよー」って顔をしているかもしれないが、確認する勇気が出ない。
俯いて看護師さんに会釈して診察室に入室する。
そして、ここからもう一つの試練がある。
さすがにお医者様の顔を見ないわけにはいかないので、チラッと見るのだけど、ここで怖そうなおじさん先生だったら、言いたいことの半分も言えなくなってしまう。
キャバ嬢モードになっていれば、そういうタイプのおじ様とも問題なく話せるのだけど、どうしても病院では、「サラ」にはなれない。
弱い「綾川景」のまま、先生の顔を見る。
女性だった。
この時点で一安心。
また、あまりキツイ雰囲気もない。
そして、何より知った顔だった。
「どうも。田島です」
高校時代から変わらず、愛想笑いが苦手なようで、ぎこちなく口元を歪めていた。
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「・・・もしかして、景?」
「う、うん。覚えてくれてたんだ」
「もちろん。私の友達になってくれたの、高校時代では景だけだもん」
向こうから気づいてくれたのは助かった。本当に本人かと疑心暗鬼にならずに済んだ。
「・・・先生、他の患者様が待っていますので」
「あ、ごめん」
看護師さんが田島さんに耳打ちして、私達を旧友からお医者様と患者に戻す。
「えっと、綾川さんは、以前抗うつ薬を服薬していたんですね」
「はい。今は飲んでません」
「なるほど。以前よりストレスが軽減されたと理解しても良いでしょうか?」
「はい」
「では、この薬を飲みたいと思ったきっかけを教えてくれますか?」
キャバクラの常連の女性のお客様がロングの方が好きと言っていたからです。
と、正直に言うには、綾川景には難しかった。
「好きな人が・・・ロングが良いらしくて・・・」
中途半端な伝え方が限界だった。
「へー」
へーって。
「その人は、どんな人ですか?」
「優しい人です。普段は、自信なさげなんですけど、他人が困っている時には、スイッチが入る格好良さもある人です」
「年齢は?」
「先生、関係ない質問はご自重下さい」
関係ないんだ・・・。
「ごめんなさい。ちゃんとやります」
それからは、生活習慣のことを細かく話した。
「・・・はい。問題ないです。それで、副反応なんですが」
出た。
なんだったら効能より気になることだった。
「少し、明るくなります」
「・・・それは、躁のような症状ですか?」
鬱の反対に躁という症状がある。
大したことないことに不自然なくらいに楽しく感じる。これだけ聞いたら、良いことに感じるかもしれないが、後で鬱になる。
気分が高まり、沈む。
これを繰り返していたら、心の疲労がとんでもないことになる。ずっと鬱状態の方が続く方が負担が少なく済むレベル。
「躁ほど極端に感情が上昇するわけではありません。中の良い友達との会話で口数がちょっと増えるくらいです」
それくらいなら・・・問題ないのか?
あまり、ここで考えすぎない方がいい気もする。
薬ってのは、副反応を無しにはできない。
必要以上に怖がっていたら、チャンスを逃してしまうかもしれない。
田島さんの顔をもう一度見る。
急かすことなく、ゆっくり待っていてくれているこの人が出す薬なら、大丈夫だろう。
「じゃあ、その薬をお願いします」
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