第12話 長い友達

私は、今も昔もショートカットだ。

よく、手入れが簡単で良いねとかお客様に言われるが、ショートはショートの面倒くささがある。

それを男性のお客様に説明しても場が盛り下がるだけなので、いつもヘラヘラ笑うことにしている。


21年間、ショートカットを貫いているのには、一応理由がある。


ロングの女性が、髪をかきあげたり、なびかせなりしている動作にどうしようもない不快感を覚えるからだ。


駅で電車を待っている時に、前にいるロングの女性が髪をかきあげるいると、そうする必要性を考えてしまう。


髪型を整えたかった?

いや、むしろ乱れてさえいる。


汗を拭きたかった?

いや、飛び散ってしまう。


頭が痒かった?

いや、普通に掻いた方が効果的だ。


結論。髪をかきあげる動作には、何の意味もない。

ただ、格好つけているだけだ。


その女性がシャンプーのCMに出れるような美人さんだったら耐えらるが、大抵がチビで化粧が濃いブスだ。

私は、そういった女性を観ると、強烈な羞恥心を感じる。


彼氏に可愛いって言われて信じてしまったのだとしたら、哀れすぎる。


もし、私がロングにして、うっかりかきあげてしまったら、ただでさえ低い自己肯定感が地に落ちるだろう

\



「ロングの女の子って、良いですよね」


ある日の水曜日、なるさんがそんなことを言い出した。


10年以上前に流行った、軽音部のアニメの女の子で、誰が好きかという話で、ベース担当の黒髪ロングの子が1番可愛いという話から、こんなことを言わせてしまった。


クソ。油断していた。


アニメの話から、髪型の話になることを予想していなかった。

そりゃ、5人が5人共可愛らしいあの傑作アニメだ。髪型にも注目すべきだった。


「私はロング似合わないから、憧れます」


先週、ナナさんに遅れをとって後悔していた私には、このセリフを無視するわけにはいかなかった。

\



さて、切るのではなく伸ばすというのは、難しい。


髪は長い友達というくらいだ。長い期間を覚悟しなくてはならない。


「・・・はぁぁぁぁぁ」


鏡にうつる自分を見て、ため息が漏れる。


いくら見ていても早く伸びるわけではないけど、恨みがましく鏡の己を見続けてしまう。


「・・・カツラか?」


呟いてみたが、きっとお店が反対する。お客様にバレた時のリスクが高すぎる。


大人しく、伸びるのを待つしかないのかねぇ。

そう諦めていた瞬間、スマホが震えた。

それも、持続的に。

電話だ。


逃げ場を奪うことに定評のある電話だ。


滅多にかかってこないから、びっくりしてしまった。


画面を見ると、『ナナさん』との表示が見えた。

LINEでは、それなりにやり取りをしているが、電話がくるのは初めてだった。


何か、お店関連のトラブルだろうか?

微妙に緊張して通話ボタンをタッチする。


「サラちゃん!一緒に髪が伸びる薬飲まない!?」


お店関連ではなかったが、より厄介かもしれない。



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