第11話 油断

今日もシャンパンを入れるなるさん。


もはや、毎週水曜日の恒例行事になっていて、最初ほどの盛り上がりは無くなったが、こうも持続してシャンパンを入れるお客様はお店でも他に例がないらしく、なるさんの機嫌をとるため、今は静かに感謝して飲んでいる。


静かにシャンパンタワーを片付けるキャバクラは、ここくらいのものだろう。


「それでね、その映画の監督がね」


今日も私にだけ笑顔を向けてくる。

今までは、その事実に軽い優越感を感じていた。

でも、彼女の10冊の小説を読んだ今は、もっと視野を広げて欲しいと、傲慢にも思ってしまっている。


編集者気取りか。

よくないよくない。


なるさんは、ここに説教されに来ているのではない。私と話に来てくれているんだ。そもさも、キャバ嬢ごときが他人の、しかもプロの小説家にアドバイスしようなんておこがましいにも程がある。


余計なことはせずになるさんの話し相手をしていればいいのだ。


「なるさん!先週ぶりです!」


なるさんが観に行った映画の話をしていると、ナナさんが話しかけてきた。


「あ、どうも・・・」


先週よりも相手の顔を見て挨拶ができていた。

挨拶と言って良いのか微妙だけど。


「私、今暇なんですけど、ちょっとだけご一緒して良いですか?」


なるさんが私を見る。

だから、見られても困る。


「5分!5分でいいから!」

「は、はい。もちろんどうぞ」


押しが強いナナさんと根が優しくて人を邪険にできないなるさんは、案外相性が良いのかもしれない。


「何の話してたんですか?」


いきなり、なるさんに喋らせるのは不安だったので、私が映画の話だと伝える。


「え!?映画って、映画館で観たんですか!?」

「う、うん」

「すごい!私、ここ何年かはサブスクで観ちゃってるから、そういう人格好いいって思います!」

「そ、そお?」


おー。

これがプロのキャバ嬢か。

いや、私もプロなんだけど。

この、細い糸から相手を褒めるスキルはナナさんに適う気がしない。


「今度、その映画観てみますね!」

\



本当に観てきたらしい。


オススメされた映画を映画館で観るというのは、結構ハードルが高い。

時間も取られるし、もし、自分に合わなかった場合のガッカリ感を想像すると足が重くなる。


「大人な俳優さん達も流石でしたけど、子役の子達も凄かったですね。私、知らない子達だったから最初は大丈夫かなって思ったんですけど、そんな心配要らなかったです」

「あ、あの子達は、オーディション組らしいですよ」

「そうなんですね!これから有名になったら嬉しいなぁ」


3人中2人が観ているとなると、この場での弱者は私だ。

適当な相槌を打つしかできない。


このままではマズイ。


せっかく、お店から「なる係」という役割をもらったのに、役目を果たせていない。

お姉ちゃんを楽させてあげられかもしれない可能性が、今、少し薄まった。


斜に構えている場合ではないかもしれない。

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