第8話 お父さん

エナジードリンクを冷蔵庫に常にストックしている。


もしかしたら、お酒よりもこっちに依存しているかもしれない。


ある時期は、1日に5本飲んでいたが、あまり飲みすぎると禿げるとラジオで聞いた。「マジか。早く言ってよ」となり、できるだけ1日1本に抑えるようにしている。


これから、仕事に行かなくては行かないのに身体が怠い。


熱はどうせ無い。気持ちの問題ってやつなんだろう。小さい頃から、学校や仕事に向かおうとする直前にちょっと体調が悪くなる。


寝ていても治るものでないことは重々承知しているので、冷蔵庫からエナジードリンクを出して飲む。

割と美味しいからゴクゴク飲める。


空き缶を床に置いて仕事に向かう。


今日は、なるさんが来ない日だから、気を引き締めて行かなきゃ。

\



「サラさん、ご指名入りましたー」

「え?あ、はい!」


予定が変わってなるさんが来たのだろうか?


しかし、指定されたテーブルに座っていたのは、お1人の男性だった。

30代後半ってところか。

スタンダードなお客様だ。


私を視認して、笑顔で席を開けてくれる。お礼を言って軽く乾杯する。


「丹羽です」


高そうなスーツを着こなしている感じの良い丹羽さんは、話が豊富で、こちらが間を保つ努力が要らなかった。


聞けば、大手出版社の一般文芸部門の編集者らしい。エリートだ。


「なんで指名してくれたんですか?」


そんなエリートで性格も良さそうなお客様が私を指名してくれた理由が分からずにシンプルに尋ねる。


「あー・・・えっと、質問を質問で返して申し訳ないけど、<なる>と名乗る女性の客が来たりしてますか?」


やはり、なるさん関係か。

急に私の人気が上がったのかと一瞬でも思ってしまった自分に反省。


「はい。大切なお得意様です」


その答えは、予め予想していたのだろう。丹羽さんは表情を変えずにこう続けた。


「ありがとうございます。実は、その客はウチの出版社の小説家でして」


「おぉ」


只者ではないと、みんなが予測していて、その中の候補に小説家もあったから、あまり驚かなかった。


「それで、こちらのお店に先生・・・なるさんが通うようになってから、仕事も少しずつ調子を取り戻しているので、お礼に参った次第でございます」


「いえいえ。マナーの良いお客様ですし、こないだなんか、ウチのスタッフを助けてくれたんですよ」


「え?」


私は、先週の「なるさん300万円事件」を話した。


「他のスタッフ達からの好感度も抜群です」

「・・・なんだか、逆に話を大きくしたようにも思えますが」


頭を掻いてそう言って、一気にレモンサワーを煽る。


「でも、そうですか。先生が好かれているんですか・・・」


そう言う声は、成長した我が子の通信簿を見る父親のようだった。


私達のお父さんも、評価が良い通信簿を見る時は、こんな顔をしていたっけ。

もう、顔を思い出すのも一苦労なくらいの朧気な記憶だった。


目が合った。

自然にお互いに笑い合った。

丹羽さんの笑顔は、優しい笑顔だった。




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