第7話 目の下のクマ

「景ちゃん!久しぶり!」

池袋駅東口から徒歩1分のドンキの前にて、聞きなれた声が聞こえる。


土曜日午前10時の池袋の人混みでも、すぐにお姉ちゃんを見つける事ができた。


読んでいた文庫本を閉じて、私も挨拶する。

「久しぶり」


嬉しそうに私の元に駆け寄るお姉ちゃん。


前に会ったのは2ヶ月前だったか。そんなに空いてないのに、お姉ちゃんの目の下のクマが深くなっている気がするのは、私の気のせいだろうか。


まあ、私も人のことは言えない。寝るのが下手だからか、寝たつもりでも疲労感が残り、基本的に眠い状態が長いこと続いている。


働くようになってから、健康を維持することの大変さを知った。

運動する機会が減ったのに反比例して、お酒を飲む量は増えている。


「今日は絶好調だな!」っていう日はもうしばらく来ていない。

大人がいつも、しんどそうにしていた気持ちが分かってきてしまっている。


「じゃ、いこっか」


お姉ちゃんと手を繋いで、池袋の街を歩き出す。

疲れているのに、時間を作ってでも会う関係を壊さないように、優しくてを握る。

\



駅から10分ほどの距離にある大きな水族館をダラダラ歩く。


何故、行き先を水族館にしたかと聞かれても、「なんとなく」としか答えようがない。


海の生き物に特別興味があるわけではないので、私1人で来ることはないけど、「今回は景が行き先決めてねー」と言われて、深く考えることもなく水族館にした。


全くもって積極性のカケラもない決め方だったけど、いざ来てみたら、それなりに楽しい。

水槽はもちろん、装飾もオシャレなので、散歩に近い感覚で歩いていると、同じくゆっくりしたペースを守っていたお姉ちゃんが走り出した。


「景ちゃん。クラゲだよ」

「クラゲ」


どう返事したら良いのかイマイチ分からなかったので、おうむ返しになってしまった。


「クラゲって、不老不死なんだって」


「マジか」


「正確には、ベニクラゲっていう、死ぬたびに子供に戻る種類だけなんだけどね。ほら、このちょっと赤いの」


言われてみれば赤いのかな?くらいのおとなしい色だった。


不老不死。


「確か、クラゲって脳が無いんだっけ?」


「そうそう。よく知ってるね」


「お姉ちゃんが教えてくれたんだよ。印象深かったから覚えてた」


「あー。私がオタクだった時だね」


バツが悪そうに頭を掻く。


中学生のお姉ちゃんは、とにかく色々本を読んでいた。


小説はもちろん、哲学書、ビジネス書、自己啓発本、教養の本、詩集などを図書館から借りてきて、暇さえあれば読みかじっていた。その乱読ぶりは凄まじいものだった。


それまでは、読んでもライトノベルとかだったのに、ある日、突然本の虫になった。


仕入れた話や知識を私に楽しそうに話してくれて、当時のお姉ちゃんと私の主なコミュニケーションだった。


「あの頃読んだ本の内容、ほとんどないよ」


「ふーん」


クラゲを見るのが忙しいので、おざなりな返事をしてしまう。


「<本を読んでる私>を見てもらうのが目的だから、身に付かなかったんだろうねぇ。お恥ずかしい」


「全然恥ずかしくないよ」


なんか、変な自虐をしだしたので、否定しておく。


「何かに夢中になる事が、恥ずかしいわけないよ」


お姉ちゃんは、軽く笑ってから、脈絡のないことを言い出した。


「景ちゃん。そういう感じのセリフ、誰彼構わず言っちゃダメだよ」


「なんで?」


「無自覚主人公め。とにかく、好かれたい人だけにしてね」


無自覚主人公?

よく分からなかったけど、適当に頷いた。







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