第3話 キャバ嬢になった理由
よくお客様に「なんでキャバ嬢になったの?」と聞かれることがある。
その際は、その場が盛り下がらないように「人と話すのが好きだから」とか答えるようにしている。中には、キャバクラに来ているくせにもっと安定した職に就きなさいと説教をするお客様がいるが、そういう時は、諦めて早めに帰って頂けるように努める。
そんな日の帰り道、私がキャバ嬢になった理由を考えてみたことがある。
答えは割とすぐに出た。
自分がどれだけのお金を稼げるのか興味があったからだと。
\
私が小学5年生、お姉ちゃんが高校1年生の時、両親が消えた。
有り体に言えば、行方不明になった。
私とお姉ちゃんが学校から帰ってきたら、いつもいるはずの母がいなかった。
買い物にでも行っているのだろうと、お姉ちゃんに宿題を教えてもらって待っていたが、午後8時になっても帰ってこなかった。
いつも8時半には帰ってくる父も帰ってこなかった。
それ以降の10年間、両親と会えていない。
生きている可能性はあるが、死んでいる可能性もある。
こういうのって、ドラマとかでは母か父のどっちかじゃないのか。なんでうちは2人が一気にいなくなるんだと理不尽に思った。
いきなり保護者を失った私達を引き取ってくれた母方の親、私達のおばあちゃんとおじいちゃんは、とても優しかった。
しかし、ご高齢の彼らに負担をかけるのは心苦しかった。
お姉ちゃんもそう感じていたようで、「私が卒業したら、2人で暮らそう」と、常に言っていた。
おじいちゃん達は、「寂しいから、もっといてくれ」と言ってくれたが、私達は温かい家を出て狭いアパートに引っ越した。
お姉ちゃんは、福祉施設で支援員の仕事に就いて、私を養ってくれた。
稼ぎは多いとは言えなかったけど、飢えるということはなく、私を健康に育ててくれた。
当時の私は中学生だったので、バイトをして生活費を入れられないことが辛かった。その分、将来、お金を多く稼げる職業に就けるように勉強に励んでいた。
ある日、天気予報が大外れして土砂降りになった。
午後6時頃、私はイヤホンでラジオを聴きながら勉強をしていたから、雨が降っていることに気づかなった。
7時半、お姉ちゃんが帰ってきたら気配を感じ取って、玄関に向かった。
そこに立っていたのは、ずぶ濡れの上、左頬に痣を作ったお姉ちゃんだった。
「え、えっと、ほっぺどうしたの?」
おかえりを言うのも忘れて、1番気になった点を聞いた。
お姉ちゃんは、笑いながら「利用者さんにやられちゃって」と言った。
「そ、それは・・・」
後の言葉が出なかった。
お姉ちゃんが勤めている施設は、社会で暮らすのが難しい人達が集まる場所だ。
そこで働いているお姉ちゃんは、怪我をする覚悟はとっくにしていた。
社会とは、そういった人達を含めての社会であって、そういった人達を見て見ぬふりする人が多い中、しっかり向き合うお姉ちゃんを私は尊敬している。
でも、まだ20歳の女性の頬に目立つ痣を見ていると、泣きたくなってきた。
私が泣くのは絶対に違う。
私はその場にいなかった。仕事もしていない。だから、私が感情を動かすのは筋違いだ。
そう思い、必死に涙を引っ込める。
そして、もう一つの疑問。お姉ちゃんはずぶ濡れだった。
「いやー。コンビニで傘買うお金が無かったからさー、そのまま帰ってきちゃった」
変わらず、笑顔で言う。
私は、押しつぶされそうになる感情を殺して、「とりあえず、ゆっくりお風呂に入ってね」と言った。
シャワーの音が聞こえてくる中、LINEで傘を持ってきてって言ってくれれば、いつでも行ったのに。と思った。
そして、私への食費や学費によって、お姉ちゃんは、急な雨から身を守る傘すら買えない状態になっていた事実に頭を抱えた。
頬に痣ができる大変な仕事をしているのに、傘すら買えないお姉ちゃんを楽させてあげたかった。
お金だ。
早く、お金が必要だ。
\
これが、私がキャバ嬢を選んだ理由だ。
どう?
楽しいお酒の席で話すには、ちょっと違うでしょう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます