第2話 小動物

シャンパンを開けた上客にサービスをしたいと、他の同業者がついたけど、私を介してしか話せなかった。


ここは新宿ど真ん中のキャバクラ。


空気を読む能力は全員備わっているため、みんな徐々にフェードアウトしていった。


「せっかく、皆さん優しくしてくれたのに、申し訳ないです」


俯いてそんなことを言うお客様。

そりゃ、キャバクラなんてお客様に優しくするのが仕事なのだからそんなこと気にしなくて良いのに、ずいぶん真面目な人なんだなぁと感じる。


そういえば、まだお名前を聞いていなかったことを思い出す。

こんな初歩の初歩を忘れるとは、自分が思っているより冷静さに欠けていると自覚しながら、お名前を聞く。


「あ、永井なるです」

「なるさん、可愛いお名前ですね」

「えへへ。ありがとうございます」


照れくさそうに顔を赤くする、なるさん。


可愛い。


「えへへ」って笑う人本当にいるんだと、初めてみる小動物に抱くものに似た愛おしさを感じる。


それからは、他のテーブルでは大人数の賑やかな笑い声が聞こえてきたが、私達は、静かに会話を楽しんだ。


なるさんは小説が好きなのだそうだ。

私も1ヶ月に一冊読むくらいは好きだったので、分かりやすい共通点があったのは助かった。

おすすめの小説を教えてくれているなるさんは楽しそうで、私も楽しくなってくる。


聞けば、なるさんは30歳だそうで私より年上だった。


相手の年齢をこんな大胆に外したのは初めてだ。

若いというか、幼い。

下手をすれば10代だと予想していたくらいだ。

ここで「お若いですねー」と返すのはおそらく悪手。

年相応の外見になっていないことを気にしている可能性がある。


「お仕事は何されてるんですか?」

一旦、無難な話題を振る。


「えっと・・・」

言いにくそうに言葉の続きを探す、なるさん。

こっちの質問も悪手だった。


「あ、何か食べます?うちの食事は他より評判良いんですよー」

\



いつもとは違う心地よい疲れを感じながら家路につく。


午前5時の電車は空いているが、今は座る気にはなれない。


座ったら寝てしまい、今の高揚感が逃げてしまう。


少しだけ不思議な人だけど、良い人だったなぁ。


そういえば、高確率で聞かれる「なんでキャバ嬢になったの?」って質問、なるさんはしなかったな。

答えようによっては説教してくるお客様もいるから、慎重に答えなくてはならない、面倒くさい質問をしないでくれた。


・・・また、来てくれるかなぁ。

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