拝啓キャバ嬢様

カビ

第1話 迷子の子供

キャバクラに、女性のお客様がきた。


それ自体は別に珍しいことではない。同業者が勉強でくることもある。

でも、このお客様はどう見ても同業者ではない。


年齢は、20代前半だろうか?下手をすれば10代に見える。もし、そうだったら大問題だが、そこは受付の人を信じよう。


濃い赤色のソファに座る彼女は、一言で言えば、「大学デビュー」といった雰囲気だった。


高校では地味なグループに属していたけれど、大学からはおしゃれを頑張るぞ!という気概を感じるが、服に詳しくはないのが伝わってくる。


人の服装にケチをつけるのは好きではないが、少しだけ言わせてもらう。

とにかく、テーマは「派手」なのだろう。ソファと同じくらい真っ赤のワンピースに、黒のミニスカート。


顔は、化粧がいらないくらい整っているから、もっと落ち着いた服装が目立つのに、もったいないことになっている。


そんな彼女が、私を指名してきたのには、驚いた。

うちの指名料は9000円。

9000円払ってまで私を横につけたい理由が分からない。


謎だらけだが、仕事なので迅速に向かう。


しかし、どんなキャラで行けば良いだろうか。


あまりキャピキャピした感じで行くのはダメっぽい。話の種を定期的に提供する優等生キャラで行くか。


「ご指名ありがとうございます。サラです」

いわゆる源氏名というやつだ。


他の人達は「キララ」とか「ココア」とか、一発で源氏名と分かるものが多いが、オーナーが私につけた名前は、現実にもありふれているものだった。

何故かと聞いてみたら、「インスピレーション」と、なんか良い風に言っていたが、私の風貌が古臭かったからだと思っている。


そんな地味な源氏名を名乗って席に着くなり、お客様が、「しゃ、シャンパン!」と言ってきた。

キャバクラといえば、シャンパンをイメージする人は多いだろう。


うちのシャンパン代は、30万円。

挨拶も済ませていないのに、30万円。


いきなりのシャンパン発言に、ボーイさん達が慌てて準備をする。そして、お客様も焦っている。


「あ、後は、何を頼めばサラさんに貢献できますか?」

「いや、あの、充分です!」


お金の執着が強い私が遠慮してしまった。

シャンパンタワーが来て、他の席の人達も集まってきて、豪快に飲んでいる。私も一杯頂いた。


しかし、お客様はテーブルのシャンパンに口をつけない。

もしやと思い、聞いてみる。


「あの、もしかして、お酒苦手ですか?」

「・・・はい」


団体のお客様の中で、1人はこういった人はいる。上司に連れてこられたけど、楽しみ方も分からなければ、お酒も苦手という地獄状態のお客様のケアも、我々キャバクラ嬢の仕事だ。


1人で来てこのパターンは珍しいが。


「結構美味しいりんごジュースがあるんですけど、それにしますか?」

「・・・うん」


なんだか、迷子の子供と話しているようだ。

私は、こんな夜のダンジョンみたいな所に迷い込んでしまったこの人を、無事に家に送り返すことを決めた。

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