偉大な先達
会計中にお手洗いへ行って戻ってくると、陽爺が電話していた。
『あんた、村正がいるならなんで呼んでくれなかったのさ!』
電話越しに聞き覚えのある声が聞こえてくる。話題にも挙がった光婆ちゃんの声だ。
「すまなかった。……村正、丁度いいところに! 姉さんが話したいそうだ」
『陽吉あんた、逃げる気かい!?』
携帯を差し出される。どうやら、光婆ちゃんが俺に会いたがっているのを知っていて今回誘わなかったことを思っているらしい。陽爺の腰が低いところなんて、他では見られないだろう。思わず苦笑してしまった。
「はいはい」
俺も彼女と話したい気持ちはあったので、受け取って耳元に当てる。
「もしもし、光婆ちゃん?」
『村正、久し振りだね』
返ってくる声は、先ほどまでとは違って優しさがあった。
『全く、あの愚弟は。いつも付き合わせて悪いね』
「はは。誘ったのは陽爺じゃなくて巌爺だよ』
『またあのハゲかい。嫌なら断っていいからね。無理矢理連れていくようならあたしがキツい灸を据えてやるから』
相変わらず手厳しい。電話越しの声が少し聞こえたのか、巌爺が「誰がハゲじゃ! 儂は剃ってるだけじゃ!」と言っていた。
頭頂部が禿げてしまい、それなら全て剃った方が剃っていると言い訳できるから剃っているのだということを俺は知っている。もちろん光婆ちゃんもだが。
「いいよ。俺も偶には巌爺や陽爺と話したいし」
『そうかい? ならいいんだけどね』
因みにここで冗談でも嫌だったのに無理矢理連れてこられたなどと言おうモノなら、巌爺はボコボコにされる。子供心に1回やった。
『そうだ。まだ言ってなかったね。村正、おめでとう。富士山攻略したんだろう? 弟子達の間でもその話で持ち切りだよ。あんたが偶に道場に来てるヤツだって知って、来て欲しいって言い出してるヤツもいる』
ま、浮ついた心を持って修行させるわけにはいかないから鍛錬を倍に増やしてやったけどね。とのことだった。それを理由に俺を呼ばない辺り、彼女の生真面目さが出ている。
「光婆ちゃん、俺が道場行くといつも組み手するから。ゆっくり話したいとは思うんだけど」
『それは……弟子達の前だからね』
光婆ちゃんは言い淀んでいた。
「そういえば、そのことで巌爺が光婆ちゃんなりの照れ隠しだって言ってたよ」
『あのハゲ……!!』
怒気の籠もった口調だった。巌爺の顔から血の気が引いていくのが見える。
『今度会ったら只じゃおかない』
「お手柔らかにね」
巌爺があわあわしていて、陽爺はいい気味だとばかりに笑っていた。巌爺が慌てることなんて、光婆ちゃんか奥さんが相手の時くらいだったかな。
「道場へは、わかんないけど。また今度会いに行くよ」
『あ、ああ。待ってるよ』
積もる話はその時に、ということで短く話を終えた。声を聞いただけだが元気そうでなによりだ。
「ま、マサ坊! いや村正! なぜ、なぜ光ちゃんに言ったんじゃ!?」
「くくっ。いい気味だ。たっぷり灸を据えられてこい」
慌てて呼び名すら変える巌爺。
「巌爺も、偶には痛い目見ておいたらいいかと思って」
「いい笑顔で言うな!」
「はっはっは! 流石は村正だ!」
強引で人の話を聞かないし、未だに呼び方を子供の時のままにするし。日本鍛冶業界のトップに君臨していて伝手もたくさんあるから止められる人も少なくなってきている。
偶には必要だろう。特に、巌爺は結構調子に乗ってやらかすタイプだから。
こうして懐かしい時間は終わった。
日本で初めてダンジョンの攻略に成功した5人組。
龍堂陰巌國。強いモンスターになると銃火器すら効かない相手にも効く武器を、日本で初めて造り上げた元祖鍛冶師。元々鍛冶師の家系に生まれていたが、そこからダンジョンに適応した装備造りのノウハウを作ることに貢献。武器の扱いにも長け、自らダンジョンに潜って素材を収集して加工手法を編み出した人物。
鴻鵠陽吉。片手剣を武器に、もう片方の手に着けた手甲を盾に戦う剣士だった。身体能力が高く、中でも握力が高いので手甲を着けた手でモンスターの頭や身体を握り潰すくらいはしていた。魔力というこれまでになかったモノの扱い方を逸早く見出し、魔力を使った身体能力強化の手法など魔力操作の技術を編み出した人物。
鴻鵠光代。ダンジョンに適応した武器がないと歯が立たないという状況だった中で、唯一徒手空拳でモンスターと戦った武闘家。魔力という新しい力は扱わず、武術のみで渡り合った天才。彼女の武術は力を内部に伝えることに特化したモノで、彼女の攻撃を受けると内部がぐちゃぐちゃに破裂する。武器が重要とされていた時代において、魔法体以外のモンスターになら必ず有効打を与えていた。彼女以上の武闘家は未だに現れていないとすらされる人物。
龍堂陰
全員が教科書に載っているほどの偉人だ。俺の尊敬する人達でもある。
幸いなことに、俺は5人共に会ったことがある。今はもうあり得ないが、5人集まった時のあの空気感がとても好きだった。
最後に筒ヶ瀬巳波ことミナ爺と会った時、酔っ払った調子に言われたのだ。
『儂らはもう歳じゃ。富士山のダンジョン、踏破してみたかったのぅ』
穏やかな優しい声で、少しの寂しさを乗せて。
その瞬間を本人に見せられなかったのは残念だが、無事成し遂げることができた。
……今度、2人の墓参りに行ってこようか。
色々忙しくてすっかり後回しにしてしまっていた。折角の機会だから行こう。表向きの大きな墓標ではなく、2人の眠る小さな墓に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます