爺さん達の昔話

 結局、色々追及されてしまったがなんとか乗り越えることができた。

 2人の追及を捌くのは、多分普通に手合わせするよりも大変だ。


「しっかし大きくなったのぅ。儂と出会った頃はこんなに小ちゃかったのにのぅ」


 巌爺が手で高さを作って言う。そんなに小さかったかと思うが、本当に子供の頃だったので間違っていない気もする。


 そろそろ来るか、2人の懐かしい昔話のターン。


「全くだ。今や富士山のダンジョンを攻略するまでになりおって」


 そう言う陽爺の口元には微かに笑みが浮かんでいた。

 年老いたからかは知らないが、飲み出してしばらくすると俺の昔話をするようになる。いつものことだった。


「ま、俺ももう21だしな。大人になったわけだ」


 陽爺に会ったのが8歳の時、巌爺に会ったのが9歳の時だ。10年以上前のことである。


「その分可愛げもなくなったがのぅ。会ったばかりの頃は『かじ教えて!』と儂にせがんできて、許可もしとらんのに工房に入り込んできよったモノじゃ」


 一応記憶はあるのでそういう話をされると気恥ずかしいモノはある。


「ふん。儂はもっと小さい頃から知っているぞ。あの頃は『おじいちゃんおじいちゃん』と言ってよく儂について歩いていたモノだ」


 当時は確かにそう呼んでいた。

 2人と知り合った頃くらいから、親父の様子がおかしくなり始めた。というかおかしくなり始めたから知り合うことになったと言うべきか。

 一時的に家を離れて預けられる時も、奏の家以外の選択肢として2人の家もあった。会長として忙しいというのと、奥さんが病気になったというのと、それぞれの理由で没にはなったが。


「なんじゃ、儂の方が鍛冶教える分長いこと一緒におったもんじゃから嫉妬しておるのか?」

「誰がお前なんぞに。儂の方が長い付き合いなんだぞ」

「そんなことで言い争うなよ……」


 まぁ全く理解していないわけではない。2人共、孫がいないからな。俺を孫のように可愛がってくれたことはわかっている。


「なんじゃ、儂ら老人にとっては大事なことなんじゃぞ」

「そうだそうだ」


 なんでそこで意気投合するんだよ。


「はいはい。2人には感謝してるよ」


 本当に。

 父親の件があった時、あまり親戚付き合いがなかった俺は母親以外の身寄りがなかった。通常、もしかしたらこういう場合母親が子供の味方についてくれるのかもしれないが。俺の母親は父親につくことを選んだ。俺に思うところがなかったわけではなく、単純に自分が傍にいないと危うい雰囲気を感じ取ったのだと思う。

 結果的に奏の家にお世話になったわけだが、奏の家族はあくまでも奏の家族。そんな時にお世話になった2人は、記憶も朧げな実の祖父よりも祖父みたいな存在と言える。


「かっかっか! じゃろう! 工房に忍び込んできたぬしに鍛冶を見せてやって、随分と教え込んだからのぅ!」

「……村正に感謝される日が来るとは」


 笑い飛ばす巌爺と、目頭を押さえる陽爺。


「かかっ! なんじゃ、泣いておるのか?」

「泣いとらんわ!」

「本当かのぅ? 未だに机に昔のマサ坊の写真を飾っておる癖に」

「良いではないか! 思い出の写真だぞ!」


 そんなの飾ってるのか。写真というと、多分陽爺とお姉さんと俺が写ってるモノだろうか。あれが3人で撮った最初の写真だった気がするし。


「ははっ。そういえば、光婆みつばあちゃんは元気にしてる?」

「ああ、もちろんだ。……少し久し振りに会ったかと思えば説教だ。あいつも全く変わらんな」


 少し嫌そうな顔をして陽爺が答えた。


 俺が光婆ちゃんと呼んでいる鴻鵠光代みつよは陽爺の姉だ。姉弟揃って眉間に皺を寄せて厳つい顔つきをしているが、そんなところも結構似ている。自他共に厳しい人で、光婆ちゃんが陽爺を説教しているのはよく見る光景だ。

 武術の達人で、「魔力なんて新しいモノわからないよ」という理由で武術と己が肉体のみで戦っているのだが、とんでもなく強い。今は引退して道場を開き育成に力を入れている。


 奏が天性の剣士だとしたら、光婆ちゃんは天性の武闘家だろう。そう言えるほどに凄まじい強さを持っている。かつての5人で戦って誰が勝つかと言われれば、彼女だと答える人は多いと思う。


「かっかっ! みっちゃんが元気でないところなど想像できんわ!」

「全くだ。あの暴力姉、偶には年寄りらしいところを見せろ」

「今の言葉、本人に聞かせてやりたいのぅ」

「やめろ! ……殺される」

「かかっ! 相変わらずじゃのぅ、ぬしら姉弟は!」


 巌爺は笑い飛ばしているが、陽爺は気が気でない様子だ。それほど怖いのか……怖いと知っている。初対面の人にも厳しいが、仲良くなっても厳しいのだ。まぁ、俺の場合は子供だったこともあってか結構優しかったと思う。というか、家族の情という点だけで見れば彼女が一番深いだろうか。陽爺は協会の会長という立場にあるので当然ながら忙しい。関わったのも光婆ちゃんの方が多いと思う。


「んんっ! 兎に角、 今も元気に道場で弟子達をしごいている。そういえば、村正に会いたがっていたぞ。富士山攻略中だったから、今になって話したいこともあるだろう」

「それは嬉しいんだけど……」

「なんじゃ、マサ坊も光ちゃんが苦手なのか?」

「違うって。ただ光婆ちゃんに会いに道場行くと、いつも弟子達の前で組み手をやらされるからさ」


 久し振りに顔を見たい気もするが、行ったら行ったで面倒なことになる気もする。富士山攻略で一気に顔が売れてしまったわけだし。配信を始める前とは周りの見る目が違うかもしれない。


「かっかっか! 弟子達の手前、照れておるんじゃろう! 光ちゃんも人の子というわけじゃな!」

「ふむ。今度、道場をやってない時に会えないか聞いておこう」

「助かるよ」


 普段は優しい光婆ちゃんだが、組み手となると加減してくれない。弟子前だからとか関係なく、昔からそうだった。死なないよう手加減はしてくれるのだが、死なない程度にはというヤツなのだ。

 本気で向き合っているからこそ妥協できないのかもしれない。


 そんなこんなで昔話に花を咲かせながら2人と過ごした。……他の5人を先に帰しておいて良かった。あいつらの前と2人の前ではまた別だからな。聞かれたら嬉々として話すだろうし。

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