昔の話

 巌爺と陽爺に連れられてやってきたのは老舗の居酒屋。

 2人が飲みに行く時にいつも行っている行きつけの店で、俺も何回か連れてきてもらったことがある。


「かっかっか! やはりここの日本酒は美味いのぅ!」


 飲み始めて30分が経ち、ほんのり赤ら顔になった巌爺が陽気に笑った。


「全く、いつまで経ってもお前は変わらんな」


 呆れたように言いながらおちょこでちびちびと酒を飲んでいるのが、陽爺だ。


 俺は2人の爺さんの対面に座ってツマミで小腹を満たした後に酒を飲んでいる。2人は結構酒に強いのだが、俺はそこまで強くはない。ただ弱くはないので酒豪ではないくらいの強さだとは思う。

 一応いつもの5人で飲んだ場合は桃音以外が先に酔い潰れる。まぁ桃音の場合酔いという状態異常を無効化するのを自動化してしまっているというのもあるが、それを解除しても結構強い。全く酔わないわけではないが、酔い潰れる心配はないと言うべきか。


 飲みに行くと大体俺と桃音が最後に残る。……他が酔い潰れるくらい飲む前提だが。


「おぉ、そうだ! 陽吉、今日マサ坊が女子おなごに結婚を申し込まれておったぞ!」


 巌爺が隣の陽爺に言う。酒の肴にはいい話題だろうが、やっぱりしっかり聞いていやがったか。


「なに?」


 陽爺が眉間の皺を深くする。


「どこの馬の骨だ? まさか協会職員じゃないだろうな」

「それが、今日来ておった娘でな。なんとあの空良木の孫じゃと!」

「……あの悪ガキか」


 陽爺の顰めっ面の種類が変わった。


「そういや、2人は空良木雄星よりも先輩だよな」

「先輩どころか、あやつが通っていた探索者育成学校は儂が建てたんだからな」


 そういえばそうだった。ダンジョン出現初期に活躍した2人なのだから、知らないわけもないか。


「話には色々聞くんだが、実際はどんな人だったんだ?」


 折角なので、そして話題を逸らすために聞いてみる。


「うぅむ……。一言で表すなら、現実主義な馬鹿と言ったところか」

「そうじゃのぅ。『当時から金と女の子集めて悠々自適な生活を送ります』とか言っておったくらいじゃ。馬鹿者には違いなかったんじゃが、問題なのは確かな能力があったことじゃな」


 まさか軽い噂程度の目的が当たっていたとは。


「学生時代から単独で深層に到達し得る実力を持っており、口八丁も巧みだった。ダンジョン教などという組織を立ち上げおって、何度頭を悩まされたことか」

「厄介なのは自惚れておらんかったことかの。むしろ自己評価が低いくらいじゃった。自分は天才でないと理解しているからこそ、阿呆みたいな夢を掲げながら実現しておるんじゃ」


 半分くらい愚痴に近かったが、おおよそ俺達が知っている人物像と大差はなさそうだ。


「表舞台に立つことを嫌って戦闘技術よりテレポートを先に習得したうつけ者だ。だというのにいつも遅刻ギリギリに来おって……」

「かっかっか! 問題児ではあったのぅ! じゃが、確かに実力者ではあったぞ。流石に、儂らには勝てんかったがの!」


 顰めっ面の陽爺とは裏腹に、巌爺が笑い飛ばす。……一応世界屈指の実力者と言われたんだけどな。まぁ個々で表舞台に出ていないから、5人の実力は知れ渡っていないだけかもしれないが。


「ついでに聞きたいんだが、もう1人の方は今どこでなにしてるんだ?」


 俺は尋ねた。空良木雄星に並ぶ、いや超えるかもしれないほど有名になった人物。彼の同期にして当時世界最強の剣士と呼ばれ、世界で初めてダンジョンのソロ踏破を成し遂げ、それを配信していた者だ。


 だが、俺の問いに2人は黙り込んでしまった。それだけでなんとなく察する。


「死亡してるのか」

「うむ、そう……だな」

「死んだの。配信は高校卒業と同時に減っていったから世間では言われておらんが、24かそこらの年齢で死んどる」


 2人の表情に陰が差している。


「ふぅん。彼くらいの実力があれば、ダンジョンで命を落とす可能性も低いとは思うんだが」


 当時もギリギリの戦いだったそうなので、可能性がないわけではないが。


「……いや。死亡したのは、ダンジョン外だ」

「え?」


 予想外の返答だった。もしや、人気が裏目に出て恨まれでもしていたのだろうか。


「犯人はわかっておらんよ。残っておったのはあいつの死体だけ。なんの痕跡もなかったんじゃ」

「まるで、別空間で戦い死んだ瞬間に元の場所へ戻されたような死に方だった」


 2人がそう言うということは、本当になにもわかっていないのか。有名人が死んだなら大騒ぎになりそうなモノだが、情報統制を敷いたのか。まぁ、その必要があるほど影響力を持った人物ではあると思う。


「考えても仕方のないことだが、惜しい人物を亡くしたモノだ」


 陽爺が酒を煽る。しんみりした空気になってしまった。


「まぁ大丈夫じゃろ! 今はマサ坊達がおるかの!」


 巌爺が豪快に笑い飛ばして空気を変えようとする。


「……富士山のダンジョンを踏破するなら儂らが最初だと意気込んでおった時期もあったが、踏破したのがマサ坊達で良かったわい」


 巌爺はニカッと笑う。純粋に嬉しくて顔が綻んでしまう。


「なら良かった。まぁ、俺だけなら挑む機会なかっただろうし、一生に一度の仲間に出会えたからだよ」


 2人と同じように。


 誰にも言ったことはないし、これからも言うつもりはないが。

 富士山のダンジョンへ挑む時は日本で初めてダンジョンを踏破した彼らと同じように、最低限に人数で挑むと決めていた。それが実現するかどうか天命次第という感じだったが。


「かっかっか! そうじゃ! 仲間にマサ坊の本命はおらんのか? 殺気立っておった剣士か? それともヒーラーの美人さんか?」


 げ。そんなつもりなかったのに話を戻されたぞ。


「儂が認めた者以外結婚させんぞ」


 陽爺がギロリと睨んでくる。


「話を戻すなよ。折角逸らしたってのに」

「良いではないか! で、どうなんじゃ? 仲間の方か? 虎徹嬢もおるかの!」

「煩い」

「かっかっか! やはり仲間かの! 儂と婆さんもダンジョンに挑む中でロマンスが芽生えたからのぅ!」

「お前は調子乗って突っ込んで怪我して迷惑かけてただけだろうが」

「なんじゃと!? 独身の僻みにしか聞こえんな」

「儂は結婚に興味がなかっただけだ!」


 2人は顔を突き合わせて言い合いを始めてしまった。


 ……まぁ、話が逸れたからいいか。

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