知り合いの爺さん

 紅葉さんを見送った俺達も解散することになった。と言っても凪咲がテレポートで送り届けるだけだ。

 まぁ、表に顔を出しづらい探索者は自宅と協会本部を転移装置で繋いでいるので、各自で帰ることもできるのだが。ただし装置のあるところまで歩いていかなければならないという面倒さがあるので、テレポートが使えるならそっちの方が簡単なのだ。因みに個人の魔法での侵入は結界によって弾かれるため、自由にテレポートで行き来できるわけではないのだが。


 ただ、ロアには先に戻ってもらったが俺は残ることにしていた。


「かっかっか! 久し振りじゃのぅ、マサ坊!」


 豪快な笑い声は、これまで大人しく座っていた爺さんからだ。よくここまで我慢したモノだと思う。というか、最初から俺にだけ声をかけるつもりだったから黙っていたのか。


「もう子供じゃないんだからその呼び方はやめてくれよ、巌爺がんじい


 神剣オークションに参加していながら一切競りに参加しなかった6番の人。

 探索者ではあるが、そちらは本業ではない。


「かかっ! 儂からすればいつまでも子供じゃよ」


 ニヤリと笑う姿は、76、7歳になった今でも衰えを感じさせない。


 彼は龍堂陰りゅうどういん巌國がんこく

 日本の探索者管理協会創設メンバーの1人にして、日本で初めてダンジョンを踏破した5人組の1人にして、日本最高齢探索者にして、俺や虎徹ちゃんと同じ鍛冶師だ。

 最初期からダンジョンに挑んでいる最古参探索者なので、金の貯えも山ほどあるというわけだ。

 俺は昔から知っているので巌爺と呼んでいる。


「で、腰はもういいのか?」


 諦めて話題を変える。

 巌爺は、虎徹ちゃんと同様富士山のダンジョンに行きたいと連絡してきた鍛冶師だ。

 虎徹ちゃんと対談コラボをしてすぐに対談コラボする予定だったのだが。寄る年波には勝てないのか、巌爺が腰をやってしまい延期していたのだ。


「もうすっかり! ……と言いたいところじゃが、薬に頼らざるを得んわい」


 わざとらしく腰を曲げて手でとんとんと叩いていた。80近いのだから当然と言えば当然、というかこの年齢になっても未だ現役の探索者、鍛冶師であることの方が異常だ。


「そんなんで富士山挑めるのか?」

「それまでには治療しとくわい。での、マサ坊にはそろそろ配信とやらをして欲しくての」

「ま、準備期間は必要だろうしな」


 第二陣が決まってすぐ第三陣の募集をかける。こうすることで他国への優位を保つこともできるというトップ側の思惑も叶えられるわけだ。募集の時も協力してくれるだろう。巌爺ほどの人物なら俺が配信でやらなくてもいい気はするが。前線に立っているのが彼からすれば若者だからかな。


「うむ。でのぅ、同行する探索者を選別する方法なんじゃが、いい方法はないかのぅ?」

「巌爺の伝手を当たってみればいいじゃないか」

はなっから協会を頼るのは嫌じゃ」


 子供みたいな我が儘を言う。ただ理由を知っているので苦笑した。


「とは言ってもな。俺ができることは、虎徹ちゃんの時と同じように配信で募集をかけるか、協会にかけ合って連絡してもらうかしかないんだぞ」

「わかっておる。配信で呼びかければそれで良い。儂が前線に立たず攻略できるような者達がおれば一番じゃがの」

「まだ何人か伝手はあるけど、パーティを組めるような感じじゃないしな。まぁ、虎徹ちゃんと同じような感じで募集する方針にするよ」

「うむ、頼んだぞ。儂も虎徹嬢と同じく条件をつけたいんじゃが……」

「巌爺が思う条件でいいんじゃないか? これができる実力があるならオッケーみたいな」

「むむぅ……」


 巌爺は悩み込むように手で長い顎髭を撫でつける。


「……うむ! 儂と手合わせして勝った者で良いじゃろう!」


 いいことを思いついたとばかりに言った。……それ、実現可能な条件なのか? いやまぁ、巌爺は身体能力では衰えているから当然勝ち目はあるだろうが。


 巌爺と戦うなら、んだけど。


「……ま、きっと皆頑張ってくれるか」

「うむ。我ながらいい条件じゃな。かっかっか!」


 本人は豪快に笑っていたが。虎徹ちゃんの盾を壊す条件も思っていたより早く壊せていたことだし、日本探索者の実力は俺が思っているよりも高いのかもしれない。


「話もまとまったことじゃし、行くとするかの!」


 巌爺が肩を組んできた。予想通りの展開に呆れて嘆息する。


「やっぱりか。……あんたと飲みに行くの、面倒なんだが」

「かっかっか! わかっておったか! ほれ行くぞ!」


 強引に連れて行かれる。この人はいつもこんな感じだ。人の話をあまり聞かない。だが豪快で親しみやすい人物ではあり、俺が尊敬する鍛冶師でもある。


 巌爺に連れて行かれた先は、探索者管理協会の


「おう! 陽吉ようきちおるか!? 飲みに行くぞ!」


 ノックもせず、豪快に扉を押し開く巌爺。

 部屋の奥に座る人物は、こめかみに手を当ててため息を吐いた。


「やはり来たか、巌國」


 会長室の椅子に座る彼も、巌爺と同じ老人。御年75歳だ。白髪の長髪をオールバックにしていて、口髭をカイゼル髭のように整えている。顔つきは険しく厳つい。和服を着込んだ男性で、ガタイはかなりいい。俺と同じか少し高いくらいの身長だったかな。


 名を鴻鵠こうこく陽吉。


 日本の探索者管理協会会長にして創設者。巌爺と同じく日本で初めてダンジョンを踏破した5人組の1人。あとの3人は、巌爺の奥さんと、会長の姉と、魔法使いの男性だ。巌爺の奥さんと魔法使いの男性については既に亡くなっている。


「おう来たぞ! さっさと支度せい! マサ坊を連れて飲みに行くんじゃ!」


 巌爺は笑って言う。会長に対してこんな物言いができるのは、彼くらい……いや2人だけだろう。


「はぁ、全く。予想はしていたが。まだ仕事中だぞ」


 会長――私的な付き合いの時は陽爺ようじいと呼んでいるが――はまた嘆息して言った。


「馬鹿を言え。儂が来ることをわかっていたなら、今日の仕事は終わっとるじゃろう! ほれ行くぞ!」

「全く、相変わらず強引だな」


 言いながらも、巌爺の言っていることは合っていたのだろう。陽爺は腰を上げた。


「お前が来る日はいつも、予定をキャンセルしている。村正がいるから今回はいいが、次からは急に来るなよ」

「わかっておる! かっかっか!」


 わかっていなさそうな返事に、陽爺が嘆息する。相変わらず巌爺に振り回されているらしい。結構、この人は苦労人気質だ。姉も姉だしな。


「行きつけの店へ行くぞ! あそこの日本酒は美味いんじゃ!」

「いつもそこだな。……村正、いつもすまないな」

「いいよ、別に。巌爺がいたらこうなるってわかってたし」

「かっかっか! マサ坊の方が物分かりはいいのぅ!」

「お前は少しくらい己を省みろ」


 2人の言い合いからは遠慮が感じられない。確か小学生の時からの付き合いだから……70年近いのか。そんな長い間親友でいられるのって凄いよな。


 俺は偉大な先達2人の挟まれて、居酒屋に行くことになってしまった。

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