紅葉の思惑

 紅葉さんからの突然の求婚に呆然とする中、傍らから刃が振り抜かれた。割りと本気で彼女の首を狙う軌道には、苦笑も出ない。


 ただまぁ、相手も実力者。紅葉さんは刃の届かない距離まで転移して回避してみせた。無詠唱のテレポートだ。しかも魔方陣すらない。相当に使い慣れているのは明らかだった。


「……死にたいならそう言えばいい」


 刃を振るったのは、当然と言うか奏だ。ピリピリと殺気すら放ちながら剣を抜き放っている。……いや、なんとなくわかってはいたけど本気で殺しにかかるなよな。


「おや。そんなつもりはありませんでしたが?」


 紅葉さんは冷や汗も掻かず悠然と微笑んでいる。突然斬りかかられて平然としている辺り、やはり只者ではない。


「ちょ、ちょっと奏。落ち着いてってば」

「……これが落ち着いていられるか」


 遅れて凪咲が止めていたが、奏は殺気を収めることすらしなかった。……なんか、こういうのを見ると虎徹ちゃんに斬りかかったあの時からずっと変わっていないのだと実感する。せめて斬りかかるのはやめてもらえないのだろうか。


「奏様。よく考えていただきたいのですが、そこまでお怒りになることでしょうか?」

「……どういう意味?」

「先ほどもあったように、私の祖父が法律を変えたことで重婚が認められています。つまり、私達は協力できるのではありませんか?」

「……」


 紅葉さんの冷静な物言いに、なんとあの奏が顎に手を当てて考え込み始めた。


「嘘……あの奏が説得されかけてる?」

「これは強敵ですねぇ」

「なぁ、これツッコまなくていいのか?」


 いや、早くツッコんで止めてくれ牙呂。本人の前でこういう流れを作らせないでくれよ。夜語り合った仲だろうが。


「奏様にとってどちらが優先されるかお考えください。他を排除するより先に、すべきことがあるのではありませんか?」

「……むぅ」


 説得されかけている。一理あると思っている感じか。


「……わかった。とりあえず、保留にする。でも手出ししたら殺す」

「ふふ、わかっています。私はあなた方と敵対する気はありませんから」


 奏が刃を納めるとは思わなかった。奏のことをよくわかっていると言うべきか。だが目的が定かではない以上、心を許す気にはなれない。

 ……というか、本人を前にして本人より先に奏を説得するってなんだ。


「ということですので、よろしくお願いしますね。村正様」

「よろしくもなにもないだろ。大体、初対面のお前がなんで結婚したがるんだ」


 改めて向き直った紅葉さんに返す。


「子供が欲しいからです」


 きっぱりとした口調だった。


「ただ子供が欲しいなら俺でなくてもいいだろ……」

「もちろん、普通の子供ではありません。私は、祖父もそうですが、祖母や両親の持つ才能を受け継ぐことができました。私は彼らの持つ才能を全て受け継ぐことができたことに誇りを持っています」


 紅葉さんは愛おしそうに告げる。本心であるというのが伝わってきた。


「ですので、私も子に才能を引き継いで欲しいと思っています。そして、伴侶には私の持っていない才能を持つ方が良いと考えていました」


 そこで、彼女の目が妖しく光る。


「つまり、村正様の持つ武器を創造する才能が欲しいのです」


 微笑みの種類が変わった。これまでは人にいい印象を持ってもらうための愛想笑いだったのだが、獲物を狙うような笑みだ。


「ほ、他にもなんかあるだろ。才能なんて世の中にいっぱいあるんだから」

「はい。ですが、私が次に欲しいのは村正様の才能と思いました。候補者はきちんとリストアップしていますよ」


 紅葉さんはにっこりと微笑んだ。確実に俺狙いというわけだ。そしてこの言い方からすると、狙いを変える気はなさそうだな。


「世の中には色んな才能があるんだから、早急なんじゃないか? 日本に限定しても、戦闘能力以外なら薬を作成する能力とかあるだろ」


 刀使いとかは、まぁ剣を使うなら除いていいにしても。桃音、夜鞠さんに次ぐ日本第3位のヒーラー……同率ではあるが、彼は薬の精製に長けた人物だ。ある意味では比類なき才能と言える。


 だが紅葉さんは眉を八の字にして困った顔を見せる。


「あの方は……特殊すぎて要不要を判断することができませんね。少なくとも、私は欲しいとは思いませんでした」


 言葉を選んでいる様子だった。確かに彼の研究は特殊すぎるが。


「いや、マサ君ってばそれは当然でしょ。あんな変人と結婚するのは難しいって。それに、多分唯一無二のパートナーがいるし」


 凪咲が口を挟んできた。彼に恋人や妻がいるとは聞いていないが、誰のことだろうか。まぁ凪咲は恋バナと言うか、そういう話題にさといから情報が入ってきているのだろう。


「稀有な才能を持った方も大勢いますが。私が欲しいと思う才能を持っており、且つ結婚の余地がありそうな方は村正様のみかと」

「才能については兎も角、結婚の余地はわからないだろ……」

「村正様は、未だ特定のお相手がおらず、候補者が複数人おりますので。結婚される前に関わりを持っておくのに丁度良いタイミングだと思いまして」


 候補者が複数人とか言わないで欲しい。いや、全く自覚がないということはないのだが。


「……マサ。結婚は、大事」


 奏がなぜかじっとこちらを見つめながら言った。反応に困ることを言わないで欲しい。


「とはいえ、急なお話ですので今回はただの顔合わせです。村正様、是非お考えください」


 紅葉さんは妖しく微笑むと話を締め括る。お近づきの印として全員と連絡先の交換を行い、彼女は去った。


 ……さて。一難去ってまた一難と言うべきか。ずっと待っていた爺さんが動き出すだろうか。

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