オークション配信

 参加者への説明を終えた後、探索者管理協会日本支部公式チャンネルから配信が開始される。


「それでは、これより神剣オークションを開催いたします!」


 司会を務める女性スタッフが大仰に宣言した。


 配信の画面には彼女だけが映っている。プライベートを守るため、参加者は顔どころか声も出さないことになっている。まぁこの場にいるということは、それだけ金を持っているということだ。

 容姿や声がバレれば素性を暴かれて命を狙われる可能性も出てくる。身内を人質に身代金を要求なんて事態もあり得る。身バレ防止策は必須だ。


“きちゃ!”

“うおおおおぉぉぉぉぉぉ”

“金を払えばなれる『世界を背負う者』とは……”

“待ってました!”


 協会公式チャンネルだけあって、大勢の人が観に来ている。同時接続視聴者数は今も増え続けているが、現時点で200万以上だ。チャンネル登録者数5000万人を超えるチャンネルなので、これからもっともっと増えていくことだろう。

 コメントの速さも通常の配信とは大違い。


 おおよそ最大手と言って差し支えない立場だ。これくらいは当然か。


「参加者の皆様には説明しておりますが、改めましてオークションの流れについて説明させていただきます」


 挨拶もそこそこに進行していく。何百万人もの人が観ている前で堂々と振る舞っている。こういう場に選ばれるだけあって、度胸ある人なのだろう。


「今回のオークションでは今こちらにある霊峰神剣・大和の落札金額を競っていただきます」


 既に舞台上へ置かれた神剣。スポットライトに照らされて光を放っている。当然、本物だ。ここにレプリカを置くという案もあったが、協会が重要そうな武器をオークションに出すかどうか怪しむ者もいるかもしれないので、本物を置いている。


「お手元の端末、若しくはお配りしたアプリケーションから落札金額を入力して送信いただくと、こちらのディスプレイに金額が表示されます。どなたが金額を提示されたかは番号で表示されるようになっております」


 当然のように参加者の名前も伏せられている。


「制限時間はございません。各人ご納得の金額まで落札いただければと思います」


“予算と総資産が決める”

“日本有数の大富豪ってどんだけ金持ってるんだ……?”

“長者番付見ると、10兆単位で持ってはいそうだが”

“それを使えもしない神剣に費やすかの問題っぽいな”


 2桁兆円までは長者番付で発表されている。ただしそういった資産家は金の使いどころがわかっていると思うので、ただのコレクションに果たしてどれだけ使うと言うのか。

 その人達が参加しているかどうかもわからないというのもあるが。


「それでは神剣の落札を始めます。皆様、ご準備はよろしいでしょうか?」


 早速進めていく。富豪達には待ってもらうだけの時間だからだろう。


「落札は5000億円からのスタートとなります。それでは、オークションスタートです!」


 司会の宣言があってから、ディスプレイに現在の落札価格である5000億が表示された。


 開始早々に、ディスプレイからピッという音が聞こえてきた。5000億から表示が変わり、1番と6000億が表示される。


「おぉっと! いきなり6000億です! 1番の方が6000億を提示しました!」


“いきなり1000億アップ!?”

“100億単位での落札は意味ないと見たか……”

“ふえぇ……金持ちのオークションだぁ”


 流石は選ばれし大富豪。10億、100億でのアップもいいと思うんだが、牽制の意味合いもあるのか。それとも億単位で競り合う気がないのか。


 表示がまた変わり、7000億になる。続けて8000億。


「7000億……続けて8000億! 金額が上がっていきます!」


“一気に上がるな”

“1000億を吊り上げの最低金額にするなw”


 オークションは淀みなく進んでいく。

 8000億からすぐに9000億、9500億を挟んで、そして。


「1兆! 1兆が出ました! 遂に5番の方が億の桁を超えてきました!」


 開始から10分と経たずに、億を超えて兆に差しかかった。ここまでは落札できるとも思っていないお遊びの時間だ。


“ひぇ”

“金額の単位がおかしい”

“まだ10分経ってないんですが”

“マジかよ……”


 今のところ、順に金額を上げていっているだけだ。提示していないのは、6番と7番の2人だけ。富豪ではない2人のことだ。6番の爺さんは……多分落札自体する気がない。この場に来たかっただけだろう。

 となるとあの飛び入り参加をした7番の女性が一体、なにを狙っているのか。次に価格を提示するのか。気になるところではあるが。


 まぁ、正直に言うと俺には関係のない話ではあるんだけどな。


 次に提示されたのは、3番の1兆1000億。兆を超えても1000億単位で吊り上げていくつもりのようだ。それとも様子見か。


 間を飛ばすことなく1兆5000億まで値段が吊り上がったところで、7番の女性が手元の端末を操作するのが見えた。落札する気はあるようだ。


 いくらにしたのかは、すぐディスプレイに表示された。


「2兆! 7番の方が2兆を提示されました!!」


 これまでの流れをぶった切って金額を上げてきた。ホログラムからも驚きの様子が伝わってくる。


“一気に上げてきたな”

“7番の人ってこれまで参加してなかったと思うけど”

“勝負を仕かけてきた感じかね”


 次の金額が提示されるまでに、少しだけ時間がかかり、司会が促してからようやく金額が表示された。また1000億の上昇だ。

 だがまた7番の女性が端末を操作し、ディスプレイに金額が表示される。――3兆だ。


「さ、3兆!? また7番の方が飛ばして金額を提示しました! 落札を狙ってのことでしょうか!!」


 司会もフリではなく動揺している。

 協会側の推定落札価格は3~5兆円、と聞いている。既にその範囲に差しかかったことになる。集まった富豪達の予算も、それくらいの幅なのだろうと思っているが。


 やや間があったが、先ほどまでより緩やかにオークションは進行していく。


“7番の人とんでもねぇな”

“これだけ簡単に金額を吊り上げるってことは、予算に余裕があるってことか?”

“億単位はお遊びってことですか”


 1000億、2000億区切りで金額が吊り上がっていく。

 価格は4兆を超え、5兆にまで到達した。既に参加していない者も出てきている。


 5兆を提示したのは5番。まだ参加しているのは1番、4番の2人。あと7番か。


「5兆! 5兆が出ております! これ以上の金額を提示される方はいらっしゃらないでしょうか!」


 司会が促すも、1番と4番は動かない。7番は焦りを見せていないが、まだ動きはなかった。


「いらっしゃらなければ5番の方の金額で落札ということになりますが――」


 言っている途中で、1番が動いた。ディスプレイに表示された金額は7兆。一気に2兆も跳ね上げた形だ。勝負を決めに来たか。


「7兆! 1番の方が7兆を提示されました! これ以上の金額はございますでしょうか!?」


 5番のホログラムは肩を落とした。どうやらこれ以上は難しいようだ。4番も流石に動きはなさそうだが。


「なければ1番の方の落札とさせていただきますが、よろしいでしょうか?」


 今一度、司会が会場を見回す。


“流石に決まったか”

“勝負あったな”

“やったか!?”

“やってないフラグを立てるなw”


 誰もが決着かと思った中、悠々と金額を提示した者がいた。


 ディスプレイに新たな金額が表示される。


「……10兆!!?」


 音でそちらを見て、ぎょっとする司会。


“うっそだろ!?”

“なんなら8兆でも決着ついただろこれ”

“えっぐ”

“完膚なきまで”


 金額を大幅に吊り上げたのは、7番。後ろからではあるが、一切の焦りを感じない。俺達とそう変わらない年齢だろうにこの金額を用意できるということは、相当なやり手だろう。


「10兆! 10兆が出ました! これ以上の金額を提示される方は……いらっしゃないでしょうか?」


 司会ももういないだろうとは思っているようだが、仕事なので聞くしかない。

 もう誰も、なにも言わなかった。再三念を押した後で、オークションを締める。


「誰もいらっしゃないようですので、霊峰神剣・大和は7番の方が10兆円での落札となります! 惜しくも落札を逃した参加者の皆様には、協会お抱えの鍛冶師によって作成された1分の1スケールの神剣のレプリカを贈呈させていただきます」


 飛び入りが増えたせいで1本追加で造る羽目にはなったが。


“マサか”

“村正だな”

“マサしかいない”

“レプリカは俺も欲しい”


 まぁ、実際に手に入れたパーティの中の1人なのだから、俺が造ったと視聴者にわかってしまうだろう。


「本日はお集まりいただき誠にありがとうございました。オークションに参加された方々も、配信を観に来てくださった方々も。これにて神剣オークションを終わりとさせていただきます。改めまして、本日はありがとうございました」


 最後に司会が深々と頭を下げて、神剣オークションは幕を閉じたのだった。

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