豊穣の神が如き①
桃音のチャンネルで配信が開始された。
今や“最初の6人”と呼ばれる1人だが、元々がヒーラーとして日本最高峰の立ち位置にいる実力者である。
範囲を世界に広げても「どうすれば倒せるんだ」、「回復力だけじゃないのはおかしい」などと高い評価を得ている。
身体のほとんどが消し飛んでも蘇生ができるほどのヒーラーは、彼女を含めても世界に3人しかいない。
故に深層をソロ攻略するだけの実力を持っていながらも、桃音は他所のパーティに出張して攻略の手伝いをすることも多いが。
「皆さんこんにちはぁ、今日は久し振りに渋谷のダンジョンに来てますよぉ」
カメラに向けていつも通りの笑顔を見せる。
彼女以外に姿はなく、ソロ配信であることがわかった。
“待ってた!”
“こんにちは”
“可愛い”
“ソロ攻略だ!”
“1人だと初配信以来だね”
彼女の視聴者にはガチ勢が多いとされており、男性探索者は彼女のことを変な目で見た瞬間に軽い炎上まで持っていかされるとすら言われていた。
例外は同級生の牙呂と村正のみだ。……どちらも最初は他の探索者と同じだったのだが、彼らがなんと言おうと桃音が仲良くすることは変わらないので、諦めた者も大勢いたのだ。
もちろん、過激派はまだまだいるので特に村正は標的にされているが。ロアによって情報が遮断されているため、本人は言われているであろうことはわかっているが協会に誹謗中傷報告しておくくらいで留まっていた。
視聴者に反論するため配信を開始した彼だったが、通じない人にはなにを言っても通じないので表向きは無視するのが一番いいと理解してきたのだ。
「今日はぁ、私が授かった加護『デメテル』について見せていこうと思いますぅ」
桃音は内心を明かすことが少なくいつもにこにこしている。視聴者をどう思っているかは闇の中だ。
“遂に!”
“桃音ちゃんの加護が見られるのか!”
“回復系の能力だって言ってたね”
“楽しみです!”
挨拶とお気持ちスパチャが飛び交う中で、彼女は配信を進めていく。概要欄に記載しているが、スパチャの読み上げは別途行うのである。ダンジョン探索中は難しいというのもあり、読み上げる配信者は終わってから時間を取るか別日に先送りするのだ。
「と言ってもぉ、『デメテル』は最初に言った通り回復に関連した能力が多いですぅ。私、結構回復は成長したと思ってるんですけどぉ、神様からしたらまだまだなんですねぇ」
“桃音ちゃんは世界屈指のヒーラー”
“更に上があるのが信じられない”
“自力でもいけたと思う!”
世界でも三本指に入るレベルのヒーラーであっても回復能力が伸びる加護を得た。村正は鍛冶関連の加護ではなかったため、ヒーラーとして桃音が本来辿り着けなかったであろう能力があるということでもあった。
「ではでは、1つずつ見せていきますねぇ。最初は……そうですねぇ、モンスターに倒されるところから始めましょうかぁ」
“えっ”
“倒されるんかいw”
“回復力を見せるためにはまず傷を負う必要があると”
“あんまり見たくないよぉ;;”
ファンである視聴者はできる限り桃音が傷つくところを見たくない。当然の話ではあったが、桃音は普段と変わらず渋谷のダンジョンを歩いていく。広々とした階層を歩きモンスターに近づいていく。ある程度まで近づけばモンスターが気づき、咆哮した。周囲のモンスターも桃音の存在に気づいていく。
一番近いモンスターではなく、体高が2メートルもある狼型のモンスターが素早く駆けてきた。車より速く駆けて迫り、大口を開けて襲いかかってくる。桃音は一切避けることなく喰われた。
“ひっ”
“怖い”
桃音のチャンネルでくらいしか観られない、人がモンスターに襲われるシーン。事故にはならないのは日本でここくらいのモノである。
しかし、モンスターに喰われた桃音から鮮血が飛び散ることはなかった。
“あ、あれ?”
“無事?”
「あ、忘れてましたぁ。魔力に加えて神力でも身体を強化するようにしてたんでしたぁ。よいしょ、っと」
桃音は喰われながらも呑気に言い、両手でモンスターの顎を掴み容易くこじ開ける。モンスターは精いっぱい嚙み砕こうとしていたが、ぱわーで敵わないようだ。
彼女はそのまま軽く押すように突き飛ばして距離を取らせた。
「強化を解いたので、もう1回どうぞぉ」
笑顔で両手を広げてモンスターを迎え入れる。こんな配信者は他にいなかった。
「グルァ!!」
唸りを上げて、今度こそと飛びかかるモンスター。そして、カメラの目の前で桃音の頭がモンスターに噛み砕かれてなくなった。
“ひっ”
“見慣れない”
“普通に即4なんだ……”
“桃音ちゃん!”
敵を仕留めて悠々と立ち止まったモンスターの眼前で桃音の頭が再生していく。ぎょっとして
“再生の速度上がってる?”
“倒れるより早く蘇生してるね”
「はい~。回復する速度も上がっていますねぇ。でも能力はそこじゃないんですぅ」
言っている間に、狼とは別のモンスターが桃音の下へ辿り着いた。棍棒を持った鬼のようなモンスターで、カメラを向いた桃音へ振り上げた棍棒を振り下ろす。
“後ろ後ろ!!”
“危ない!!”
警告も間に合わず棍棒が振り下ろされてまた桃音が即死するのか、と思ったがモンスターの攻撃は当たらず弾き返された。
“!?”
“弾かれた?”
“桃音ちゃんはなにもしてなかったような……?”
「これが『デメテル』の能力の1つ。蘇生した後の30秒間はどんな攻撃も当たらず弾くことができる能力ですねぇ」
回復に関連した能力。しかも蘇生を前提としているので、桃音にとっては生存力を引き上げるモノとなっている。加護は魔力を消費しないため、連続で殺され続けて魔力切れを狙うことが難しくなったということだ。
“おぉ”
“凄いけど、あんまりかな”
“蘇生をよくする桃音ちゃんだから活かせる能力だね”
“魔力切れが遠退くからいいと思う”
とはいえ、他の加護の能力が明らかになっている今となってはピンと来づらい内容ではある。
「他にもありますけどぉ、1つの階層で全部見せちゃうと途中で終わっちゃうのでこの階層は突破しちゃいますねぇ」
桃音は言って、腰に提げたメイスを手に取る。そして、大きく振り被り、横薙ぎに振るった。
「え~い!」
以前より気合いが入っているような気がしなくもない声と共に振るわれたメイスから衝撃波が放たれる。
――それだけで、階層にいた全てのモンスターが壁に叩きつけられて押し潰されていた。
“えええええええ!!?”
“なにこれ”
“桃音ちゃんのぱわーが上がってる!?”
“ウッソだろ……”
思わぬ威力にコメント欄が騒然となっている。
「実はぁ、『デメテル』の能力の1つが攻撃力にも関連してるんですぅ。地に足を着けてる時の身体能力が上がる能力ですねぇ。『デメテル』は豊穣の神で穀物のお話とかありますけどぉ、どうやら地面に足が着いている時を、根が張ってることに見立ててこの能力があるみたいですねぇ」
“凄い!!”
“ぱわーまで上がってるなんて!”
“『デメテル』は桃音ちゃんにぴったりの能力だったんだね”
2つ目の能力が明かされて評価が一変していた。桃音は笑顔のまま、次の階層へと降りていった。
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