虎徹の盾

「最初は一段階目から」


 メータをⅠと書かれたところに合わせる。


 虎徹ちゃんは両手で盾を構えて腰を低くして耐える姿勢だ。


 俺はそこに、躊躇なく拳を叩き込んだ。


 盾に激突すると衝撃波が散り、バギャッ! という音と共に鋼鉄の盾が木っ端微塵に砕け散った。


“うおおおおお!?”

“鋼鉄が粉々……?”

“とんでもねぇ威力w”

“こんなんでテストして大丈夫か?”


「マサさんの武器はやっぱり凄いです! 凄まじい威力でした!」

「いやいや。それを言うなら虎徹ちゃんだって。1段階目とはいえ、一切衝撃に押されてないじゃん」


“そういえば……”

“あれだけの衝撃で虎徹ちゃん自身はビクともしてないのか”

“鎧の性能かな”


「じゃあ次々いこうか。まずは1段階目で壊れない盾を2段階目で砕いて、を繰り返して虎徹ちゃんの盾にいこう」

「はいっ!」


 それから色々な盾を試してもらっていたが、4段階目に耐えられる盾がなくなってしまった。残るは虎徹ちゃんの盾のみ。俺が造って持ってきた盾も砕け散ってしまっている。


“純色竜の素材を使った盾も4段階目でリタイアか……”

“今のマサが改良した盾だし、上位純色竜の盾とかじゃないと耐えられなさそう”

“富士山深層の素材を使った盾とかならいけるか?”

“果たして虎徹ちゃんの盾は耐えられるのか”


「次は虎徹ちゃんの盾になるけど、とりあえず条件として出してる盾が砕けるか試してみようか」

「はいっ」


 条件として出すからには全員砕く前提で量産しているはず。なのでオリハルコンを使ってないことは確かだ。


「これがその盾になります!」


 虎徹ちゃんはそう言って縦2メートル横2メートルで上辺が長いホームベース型の盾を掲げた。

 色は黒に近いが、表面の素材は黒ではない。


「なるほど。純色竜各種の鱗を多重構造で重ねてるのか」

「はいっ。そうすることで1種類の素材を使った時よりも遥かに高い防御性能を確保することができます。頑丈さで言えば上位の純色竜を超えるくらいの硬度がある見込みです!」

「なるほどな。どっかのアホ共みたいに純色竜ソロ討伐チャレンジとかやってるヤツが少ないから、中層がちゃんと突破できるか、下層でも通用するかのテストになるんだな」

「はいっ!」


 よく考えてある。この条件は親父さんじゃなくて虎徹ちゃんが出したと言うのだから、彼女も本気だということだろう。

 探索者にとっての鬼門は中層ボス以降。深層はもうなんかアレなので、下層ボス前まで問題なく突破できる戦力は最低限欲しいのだ。そういう意味ではいい難易度なのかもしれない。


“割りととんでもない盾w”

“でも富士山のダンジョンに行くならこれくらい砕けないと厳しいってわけか”

“下層ボス以降は対策難しいとしても、その直前までは行ける戦力は欲しいだろうしな”

“この盾を壊せる=中層ボスにダメージを与えられる、だからか”

“いい難易度やん”


 コメント欄にも納得の声が上がっている。

 少なくとも無理だと批判される心配はなさそうだ。


「じゃあまずはさっきダメだった4段階目から試してみよう」

「はいっ。お願いします!」


 虎徹ちゃんが盾を構え、俺は拳を引く。


 しんと静まり返って視聴者が画面に集中しているだろうところで、拳を思い切り叩きつけた。

 どごぉん! と強烈な衝撃波が迸り部屋全体を揺るがす。が、虎徹ちゃんは吹き飛ばず盾も粉々にならなかった。


“おっ!?”

“砕けてない!”

“凄ぇ!”

“あの衝撃でもビクともしない虎徹ちゃんが鍛冶師……?”

“今更やろw”


「いえ、壊れちゃいました」


 一見砕けているようには見えなかったが、虎徹ちゃんが言った。俺が拳を引くと表面が潰れてヒビが入っている。更に、その後亀裂が走って盾が割れてしまった。


“おおおおぉぉぉぉぉ!?”

“最大威力じゃないのに砕いたマサの武器が凄いのか、辛うじて形を保っていた虎徹ちゃんの盾が凄いのか”

“どっちも凄いでいいんじゃないか?”


「まぁ、ギリギリってところか。正直この武器は富士山のダンジョンソロ攻略用に造ろうとしてる、下層通常階層ワンパン用試作武器だからな。現時点でこれくらいしてくれないと困る」

「流石マサさんの武器です! 結構頑丈に出来て、もしかしたら耐えられるかもって思ってたのに砕けちゃいました!」


“村正とんでもないこと言ってない?”

“未来見据えた武器か”

“見据えすぎて草”

“イカレてんな”

“虎徹ちゃんはそこにツッコまないの?”

“盾が砕かれたのに嬉しそうなんだ”


 俺としても半々といったところだった。だが結果的に砕けたというのはいい成果だ。


「上位純色竜に傷をつけられるなら、どうにか10分以内に壊せそうか」

「はいっ」

「それじゃあいよいよ、最硬級の盾を見せてもらおうかな」

「はいっ!」


 というわけで、虎徹ちゃんに鎧と同じ藍色をした盾を構えてもらう。


 俺は拳を引き、思い切り盾に向かって叩きつけた。どごぉん! と室内を揺るがす衝撃波が放たれた。だが先ほどとは明らかに違った手応え。


“おっ?”

“今度は砕けてないか?”

“一切ヒビ入ってないぞ!”

“流石に硬ぇ!”


 拳を引き少し待ったが、一切の欠けヒビがない。


「……うん。流石。完全に受け切れるか」

「はいっ! 大丈夫でした!」


 現段階でも下層の1体1体を一撃で倒すだけの威力は持っているはずだが、受け切られるとは。流石の腕だな。


「最後、5段階目を受けてみる?」

「はいっ! お願いします!」


 砕ける可能性が高いので断ってもいいと思っていたのだが、むしろ嬉しそうに即答した。……今造れる最高の盾だろうに。いや、だからか。


「わかった。じゃあいくよ」

「はいっ!」


 俺はつまみを回して威力を最大にした。段階を上げる毎に威力は数倍になるため、最大威力は先ほどの比ではない。


“どんな威力なんだ……?”

“虎徹ちゃんなんだか楽しそうだな”

“自信があるんかな、現時点で最高に盾らしいし”


 俺は虎徹ちゃんの構える盾に向けて、拳を叩き込む。本気で振るった拳が盾に触れた瞬間、轟音と衝撃が放たれて空間を揺らす。

 瞬時に盾が砕けて虎徹ちゃんの大きな身体が後方に吹き飛び、鎧の一部が砕けて背中から地面に倒れてしまった。


“うおおおおぉぉぉぉぉぉ!?”

“虎徹ちゃん!?”

“さっきまでと全然違う!”

“大丈夫?”


 放たれた衝撃波が広範囲に及ぶため、床にも扇状の亀裂が走っている。壊しても弁償する必要がないとはいえ、まさか破壊対策万全の部屋すら砕けるとはな。まぁ表面だけみたいだが。


 俺は籠手を外して倒れた虎徹ちゃんに近づき、手を差し伸べる。吹き飛んだとはいえあれくらいで参ってしまうような子ではない。向こうもすぐ手を伸ばしてきた。

 その大きな手を掴み、引っ張り上げる。重量はかなりだと思うが、ダンジョンで鍛えられたおかげか無事引っ張り起こすことができた。


「凄いです!」


 起こされた虎徹ちゃんは、開口一番に興奮した様子でそう言った。


「オリハルコンで造った盾が壊れちゃいました! それに鎧も破損して……やっぱりマサさんは凄いです!!」


 欠けた兜の奥から見える左目をキラキラさせながらそう言ってきた。頑丈さを誇る自分の造った防具を砕かれてこんなに嬉しそうにする鍛冶師など滅多にいない。


“めっちゃ嬉しそうw”

“オリハルコンで造ったヤツ無駄になったのにw”

“元気そうだな”

“虎徹ちゃんも変なとこあるなw”

“ぴょんぴょんしてて草”


 虎徹ちゃんは嬉しそうにその場でぴょんぴょん跳ねている。いや、効果音的にはがしゃんがしゃんかもしれないが。


「いや、虎徹ちゃんの防具も凄いよ。盾は砕けたけど鎧の方はほとんど砕けてない。それに、吹っ飛んではいるけど10メートルもないくらいだ。充分な硬さだよ」

「えへへー」


 正直、驚いてはいる。盾と鎧を砕いて壁まで吹っ飛ばすくらいの気持ちでいたのだが。流石は防具で俺の上をいく鍛冶師。今の俺でもここまで丈夫な防具を造るのは難しいだろう。


「マサさんの武器も凄かったです! 衝撃とか破壊に耐性があったのにどんって凄い衝撃が来て、倒れちゃいました!」

「現段階で耐えられちゃ立つ瀬ないしね。それじゃあ次は、虎徹ちゃんの武器も見せていこうか」

「はいっ!」


 ということで、長い時間をかけて虎徹ちゃんの装備を紹介していった。

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