【神回】凪咲が絶体絶命の時に駆けつける牙呂③
「このっ!」
凪咲は魔力弾を撃とうとするが、相手は羽音と共に縦横無尽に飛び回り、的を絞らせない。
“速くなってる”
“ヤバいヤバい!”
“数撃ちゃ当たる!”
仕方なく乱れ撃ちを選択したのだが、先ほどまで当たるしかなかった魔力弾を全て回避されてしまっていた。反応速度も上がっており、完全に見切られてしまっている。それならと小さく圧縮して速さと量、範囲を増やし弾幕のようにして放つのだが、それすらも回避された。
そして、回避しながら敵が距離を詰めてくる。
「っ!」
マズいと思って回避行動を取ろうとした時にはもう遅い。敵が凶悪な牙を剥いて左から突っ込んできた。胴体を食い破らんばかりの攻撃に、どうにか避けようと右へ跳ぶが。
凪咲の細腕に牙が食い込み、呆気なく食い千切られてしまう。
「あぐぅぅっっ!!」
激痛による悲鳴を押し殺そうとした苦悶の声を上げる。
“ひ”
“そんな!”
“凪咲ちゃん!!”
腕を捥がれるというグロテスクな光景に視聴者が思わず画面から目を逸らす中、それでも彼女はくるりと向きを変えてありったけの魔力を集束させた。手がないとイメージがしづらく操作もしづらいのだが、それでもできる限りの早さで溜めていく。
近づいてきた今なら当てられる。大怪我を負って尚凄まじい精神力である。
強大な魔力の奔流が放たれ、敵を呑み込んだ。
だが、敵は一切の傷を負わずそこにいる。
“あ”
“無理だ”
“終わった”
“待って”
“無理”
凪咲の一撃を難なくやり過ごしたボスは蹴りを放って彼女の身体を壁に叩きつける。
内臓が潰れたのか、吐血してずるずると地面に座り込む。
最早意識もはっきりしておらず、抵抗する術はなかった。
「……ごめん、ね」
それでも、虚ろな目でどうにか口を動かし、カメラを向いて笑う。
「配信……切れそうに、ないや。――バイバイ」
自分の死亡シーンを配信に流してしまうことを、視聴者に謝った。
“やめてくれ”
“待ってって”
“いやだ”
“なんで今それ言うんだよ”
“こっちはいいんだって!”
“速く来てくれ、牙呂おおおおぉぉぉぉ!!”
“もう間に合わん”
“配信閉じる”
“これでお別れはやだな”
“もっと凪咲ちゃんの配信観たかったよ”
コメントの流れが緩やかになり、視聴者数が減り、凪咲という配信者の終わりが近づいてくる。
ボスが凪咲の前に飛んで現れ、カメラに映る前で、鋭く尖った鉤爪を振り下ろし。
…………。
しかし、最期まで配信をつけていた視聴者達が恐れていた血飛沫の音は聞こえてこなかった。
恐る恐る目を開き、ボスの鉤爪が空振ったことに目を見開く。
じゃあ彼女はどこに、と思う頃にカメラの視点が動き、別方向を映す。
そこには、血塗れの凪咲を抱えた少年が立っていた。
「擦れ違い様に斬りつけたんだけどな。斬撃無効まで持ってやがるか」
片手で凪咲を抱えて立つ彼は、全員が待ち望んでいた人物。
「……が、ろ?」
凪咲が声を聞いて呟き、霞む視界の中で彼を見上げる。
“え?”
“嘘だろ”
“牙呂?”
“間に合ったのか”
“信じられない”
“ダンジョンのボス到達最速記録って30分くらいじゃなかった?”
“10分しか経ってない!”
“凪咲ちゃん生きてる!”
“牙呂お前!!”
“よく間に合ってくれた!”
通常では考えられない速さでボス部屋まで到達した牙呂と凪咲の生存に、コメント欄が湧き立つ。
ボスは新たに現れた挑戦者を警戒して、高速で飛び回り的を絞らせないようにする。
「バカが」
牙呂は言って、腰を少し落とす。
「……口閉じてろ。舌噛むぞ」
「えっ――きゃっ!」
次の瞬間、彼は動いた。凪咲からしてみればぐわんと強い力に振り回されるような感覚があり、カメラでは瞬時にボスの背後を取り右脚を高く上げた牙呂が映っている。
振り下ろされた踵がごしゃりと頭を潰して胴体を抉り取った。
凪咲がどうにか目を開いた頃には、ボスの死体があるだけ。
「オレの方が速ぇよ」
“うおおおおぉぉぉぉぉぉ!?”
“強ぇ!!”
“カッコいい!!”
“牙呂君;;”
“斬撃無効、なら蹴りで打撃か”
ボスはそれ以上復活することなく、奥の扉が開く。あっさりと討伐してしまった。当然、強さの次元は同じだが相性の問題である。
牙呂はすたすたと出口へ向かって歩いていき、カメラがそれを後ろから映す。
「上で待ってる桃音に治してもらえ。……心配させたんだ、ちゃんと怒られろよ」
「…………うん」
ボス戦が終わりダンジョンから出られるというところで、生き延びた安心感が湧き上がり涙となって溢れ出す。
“良かった;;”
“やっぱ情報のないダンジョンのソロ攻略はやめてくれ”
“心臓が持たないよ”
“牙呂、凪咲ちゃんを助けてくれてありがとう”
“ファンになりました”
コメント欄も安堵の声で溢れ返っている。
初回攻略報酬となるモノを回収して転移魔方陣に乗った後、配信用のカメラが切られて終了した。
その最後のコメントは、
“最高にカッコいいヒーローだったぞ、牙呂”
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