【神回】凪咲が絶体絶命の時に駆けつける牙呂②

「じゃあボスに挑戦してみよう!」


“ホントに未攻略の深層ソロで攻略しちゃいそう”

“いけるいける!”

“ここまで余裕だったし”

“凪咲ちゃんファイト!!”


 凪咲が休憩を終えると応援のコメントが溢れた。


 ボス部屋の扉を開ければ戻れなくなり、中から開けることはできない。入れば生きるか死ぬかの2択になる。


 そんなボス部屋に入り、凪咲は壁の松明が照らされ露わになったボスの姿を見やる。


 体長5メートルはあろうかという、黒光りした身体を持つモンスターだった。全体的な造型は光沢ある甲殻と節から虫のようにも見える。顔はコオロギのようで、しかし見るからに凶悪な牙が生えていた。羽はないようだが、鋭い爪や牙で攻撃してくるモンスターだろう。身体が細いので速度もありそうだ。見た目は昆虫怪人とでも呼べそうな姿だった。


「虫ならまず炎で………………あ、れ?」


 まずは小手調べ、とばかりに炎の魔法を発動しようとした凪咲だったが、困惑するように動きを止めた。


“ん?”

“どうしたん?”

“凪咲ちゃん、来るよ!”

“魔法は?”


 コメント欄も凪咲の様子に気づくが、カメラの奥でボスが唸り声を上げて戦闘態勢に入っていた。


「……魔法が、使えないんだけど」


“は!?”

“なんで!?”

“意味わかんない”

“使えないってどういうこと?”

“もしかして、魔法禁止?”

“それこそ意味わかんないだろ”

“ここまで属性の多様性、魔法を求めてきて急に禁止にするか?”

“でも、そうでなきゃ凪咲ちゃんが魔法が使えなくなるはずは”


 凪咲の呆然とした呟きに、コメント欄が騒然となる。


 だが敵は相手が困惑していても待ってはくれない。


 画面の奥から迫ってきた黒い昆虫怪人の腕が振るわれ、凪咲へ迫る。


……防御! って、魔法使えないんじゃん。


 咄嗟に防御の魔法を張ろうとして、なにもできず。


 凪咲の身体が思い切り吹っ飛ばされた。


「あぐっ!!」


 勢いよく壁に叩きつけられた彼女の苦悶の声が上がる。


“凪咲ちゃん!?”

“マジか”

“魔法禁止とかふざけんな!”

“そんなの魔法使いには攻略不可能じゃん……”

“終わったな”


 深層の攻略ですら余裕のあった凪咲が一瞬にして窮地に陥り、コメント欄に絶望感が漂い始めた。


 壁に叩きつけられた凪咲は、どさりと地面に落ちたがゆっくりと起き上がる。ぶつけた頭と爪が食い込んだ右腕から血を流しており、右手に持っていた杖は手放してしまっていた。


「けほっ……! いったぁ……」


 生きてはいる。生きてはいるのだが、フラフラと立ち上がる姿は無事とは言えなかった。


“凪咲ちゃん逃げて!”

“ボス部屋は逃げられないだろ”

“だからってこのまま4んで欲しくない!”

“魔法使いが魔法使えなくてどうやって戦うんだよ無理だろ”

“牙呂の戦場:オレが行く、それまで耐えてろ”

“牙呂君!?”

“いけるのか!?”

“いや流石の牙呂でも無理やろ”

“深層まで40階層あって、今牙呂がどこにいるかもわからんのに”

“速く来てくれ、日本最速の男!!”


 絶望するコメント欄に突如として現れた、牙呂。


 どうあっても間に合わない状況だが、凪咲がどうにかできる状況でもないため、ファンは彼に縋るしかなかった。


「なに、牙呂来てたの? ……無理でしょ。いくらあんただって、今からここ来れるわけないじゃん」


 凪咲はコメント欄をチラ見して、大体の牙呂が言ったことを察して呟く。

 今彼が新宿にいるであろうことも知っているため、どう足掻いても間に合うはずがないとわかっていたのだ。


「でも」


 凪咲は少し笑って左手を敵に向けて伸ばす。


「このまま殺されるのは癪かも」


 魔法は使えない。より正確に凪咲の感覚を表現すれば、魔法が組み立てられない。魔力の操作はできるが、その魔力で魔方陣を構築しようとしても阻害されるのだ。ならばと魔方陣を消す高等技術で魔法を組み立てようともしていたが、それも不可能。

 魔法そのモノが使えないとしか思えなかったのだ。


 だが、魔力が使えれば多少なりやりようはあった。


 凪咲の突き出した左手の前に魔力が集束していき、白いオーラ状の球体を作り出す。

 ダンジョンの出現、魔力の発露最初期に出てきた魔力を放ち当てる攻撃方法、魔力弾である。


 凪咲の放った魔力弾は高速で飛来し、ボスに直撃する。空気の揺れが伝わってくるような轟音と共に炸裂するが、


「あぁもう! なんで魔力を弾くのよ!」


 相手は無傷だった。凪咲の目には、放った魔力弾が相手に当たった後弾かれて敵の身体から離れたところで炸裂したのがわかった。つまり直撃していない。余波による衝撃は多少与えているだろうが、大したダメージにはならないようだ。


 ……もっと魔力を込めてもっと凝縮しないと、怯んでさえくれないってわけね。


 とことん凪咲と相性の悪い相手だ。


“魔力弾ならいけるのか!?”

“でもダメージ入ってなさそう”

“それでもどうにか牙呂が来るまで持ち堪えて!”


 一応戦闘手段が残されていたことに安堵しつつも、このボス相手では心許ない。


 凪咲はすぐに魔力量と魔力密度を上げた黒い魔力弾を生成して、突っ込んでこようとする敵にぶつけた。今度は相手が怯んで半歩後退するだけの威力が出せている。


“おっ?”

“食らってる!”

“でも傷ついてなくない?”

“やっぱヤバいって!”


 希望と絶望の入り混じったコメント欄を確認する余裕もなく、凪咲は全力で魔力弾を連発、複数同時に放って敵を怯ませまくる。

 碌なダメージがないことはわかっていたが、怯ませられているなら攻撃に移らせないよう怯ませ続けるしか生きる道はないと踏んでいた。


 ドドドド、と通常なら1発で深層のモンスターが粉砕できる威力の魔力弾を連発する。


 避ける隙を与えなければ少しずつでもダメージが入っていき、敵を倒すことも可能かもしれない。


 ……あぁ、もう! マサ君の杖が性能良すぎて魔力操作がいつもみたいにできないじゃない! ホント最高の鍛冶師なんだから!


 悪態なのか褒め言葉なのかわからないことを思いつつ、ひたすらに魔力弾を撃ち続ける。魔法に傾倒しすぎて魔力弾を久し振りに使ったが、こういう時のためにもっと、と少しだけ考えてしまう。


 絶え間なく魔力弾を受け続けていたボスは、10分ほどが経過して徐々に身体へヒビが入っていく。


“いける!”

“ダメージ入ってるじゃん!”

“魔法が使えなくても強いのは流石よ!”

“でも、これって”


 ヒビがどんどん広がっていったため、倒せるのではとコメント欄に希望が見えてきたが。


“ボスって第二段階があるんじゃ……?”


 直後、ボスの身体から上へ飛び立つ白い影が現れる。


 カメラが上を向くと、そこには一回り小さくなった白い昆虫怪人がいた。ブブブ、と羽を震わせて上空で静止している。


“!?”

“白くなってる!?”

“しかも飛んでて、傷もなくなってるじゃん……”


 下、先ほどまでボスがいた場所にはヒビ割れた黒い抜け殻があった。虫のような見た目らしく、脱皮、若しくは成長したようだ。

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