後日談:世界情勢①

「やはり!! 神は実在したのだ!!!」


 暗がりのとある一室。円卓を囲む白ローブ姿の者達の中で、1人が立ち上がり興奮したように叫んだ。


 円卓の中心には村正達6人が富士山のダンジョン最奥で出会った神を名乗る女性の映像が映し出されている。


「即刻! 我らも富士山のダンジョン攻略へ向かい、神と直に邂逅すべきである!!」


 続けて彼は主張した。

 だが別の者が机を強く叩いて立ち上がる。


「痴れ者が!! 我らの戦力では富士山のダンジョン攻略など不可能に近い!!! 神に邂逅する奇跡は選ばれし者のみに与えられるのだ!! 彼らは神に選ばれた!! 故に彼ら“最初の6人”を擁護し我らの同胞とすべきである!!!」


 富士山のダンジョンを制覇する偉業を成し遂げたことで、彼らは史上初の最高難易度ダンジョンの攻略者となった。そこで挙げられた呼び名が“最初の6人”だったのである。


「ふざけるな!!」


 だが2人目の主張を受けて、また1人別の者が立ち上がった。


「ヤツらは神に最も近しい我らを差し置いて最初に神と邂逅した!! 断じて許されん!! 即刻皆殺しにすべきである!!!」


 怒りを露わにして怒鳴り散らす。


 白いローブを着込んだ彼らは皆一様にダンジョン教という教団に所属していた。


 教団設立当初はまだダンジョンの存在が浸透しておらず情勢が混乱していた時期だったため、世間にダンジョンとはなにかを説き世の混乱を治めるのに貢献した凄い団体だったのだが。


「我らがダンジョンを攻略して神とお会いするのが優先だろう」


 自らがダンジョンを攻略して神に会うことを目的とする、推進派。


「攻略に必要な戦力を揃えるためにどれほどかかる? それであれば彼らの力を借りて同行した方が確実だろう」


 “最初の6人”こそ神に選ばれた者であり、彼らを神に近しい存在として同胞に加えようとする、擁護派。

 彼らが攻略する前は穏健派と呼ばれていた。


「ヤツらの手を借りるなど言語道断! 我ら以外が神にお会いするなど許されることではない!」


 “最初の6人”に神と会うという目的を先に達成されてしまったことから、あの6人を抹殺して今度こそ自分達が神と邂逅することを目論む、過激派。


 今や3つの派閥が入り乱れる事態となっていた。


「……」


 そして、彼らダンジョン教において最高権力を誇る教祖は、一際豪華な装飾を身に着けている。その齢65になる老人は、黙って手を組み肘を突いていた。


(あーもう、どうしてこうなったかなー! 俺はただダンジョンの出現にあやかって宗教団体立ち上げて教祖になって金も女も好き放題できればそれで良かったのに!)


 髭を蓄えたこの老人、ダンジョンが出現して慌ただしい情勢の中好機とばかりに「ダンジョンには神の意志が存在している」と主張してダンジョン教を立ち上げたのだが。

 その実、金と女を自由に侍らせてウハウハ生活を送りたかっただけなのである。


 彼が15の時にこの方法を思いつき、当時は充分強かったためにどうにかこうにか現在の地位を確立していた。


(俺ももう歳だし、さっさと隠居して若い嫁達とハーレム生活、なんて思ってたのに……。まさかいるかわかんなかった神の存在を確かなモノにされちゃうんだもんなぁ)


 教団も大きくなってきたし、そろそろ隠居してのんびり暮らそうと思っていた矢先のことだった。


(ま、ぶっちゃけどの派閥の言っていることも実現不可能でしょ。うちの総戦力でもあの子らの実力に及ばないし。富士山の攻略なんて無理無理。うちに加えようったって、ダンジョンを攻略対象、冒険の舞台として考えてるみたいだから無理。大体神を目の前にして平然としてるくらいだし。抹殺も当然不可能。実現性薄すぎて話になんないや)


 動機は不純にして、多少の実力と運で成り上がってきた彼だったが、状況を見る目は確かだった。


「教祖様! どうかご決断を!!」


 擁護派の代表者が彼に話を振ってくる。


(きたきた。あぁ、もう。ここまで無駄に大きくなった団体はおしまいだよ。こうなったら好きにやってもらおうかな)


 呆れつつ、彼は1つ咳払いをした。それだけで場のざわめきが静まり返る。


「我が教団に、富士山のダンジョンを攻略できるほどの戦力はない」


 まず彼は断言した。


「そ、それはそうですが、各ダンジョンを攻略して力をつけていけばいずれ……!」

「日本であれば、富士山のダンジョンに神がおわす可能性が高いことはわかっていた。だが私が教団を立ち上げて50年経った今でも、攻略可能な戦力はない。いつになれば攻略できる? 彼ら6人ほどの戦力を揃えるのにどれほどかかる? どのような計画を練っている? ……私が生きている間に可能か?」

「そ、それは……!」


 教祖の言葉に、相手は答えられなかった。見通しの定かでない方針などあってないようなモノ。


 彼らが攻略してみせたことで必要な戦力目安は判明した。だが限りなく高次元であり、教団で揃えられるモノではない。


(あんなに強い子達が死力を尽くしたんだ。そもそもが別次元の強さだったってのに、成長を重ねて。彼らと同世代なら、俺ももっと楽しい学校生活を送れたかもしれないけど)


「次だ。彼らを我が教団に招き入れることは不可能だろう」

「な、なぜでしょうか?」

「神と邂逅した時の反応を見ればわかる。彼らは神を敬愛していない。神が現れた時、彼らは皆一様に臨戦態勢を取っていた。つまり、彼らは神が相手であっても戦う覚悟があるということだ。我らの方針とは相反する」

「……」


 神の加護を得た彼らを崇めたい者がいるのは知っている。だが信仰する立場でないことは明白だった。

 その点については擁護派の代表者も異論はないようだ。


「では抹殺を……」

「富士山のダンジョンを攻略できぬ我らがどう彼らを抹殺する。6人いない時を狙う、暗殺するなど都合のいい妄言は言わぬだろうな? 勝算はあるのか?」


 ギロリ、と教祖の鋭い眼光が過激派の代表者を貫く(本人にそのつもりはない)。薄っすらと冷や汗を掻いたが、彼は不敵な笑みを浮かべた。


「当然です。仮に神の力を得ていたとしても、真の神の力には及ばない。我らが得た“宝玉”の力を以って、ヤツらを始末してみせましょう」


 どうやら彼には確かな勝算、奥の手が存在するようだ。


(“宝玉”? そんなのうちにあったっけ? ……まぁいいや。彼らの戦いを見て、で殺せると思ってるなら、放っておいても失敗するかな)


「……そうか。なら好きにするがいい。他の者も、それぞれ思惑があるなら行動に移して構わない。――結末は見えているがな」


 教祖は最後にそう告げると、テレポートの魔法を使用して円卓から姿を消した。


 そうして移動した彼の目の前には、スーツ姿の女性が佇んでいた。


「お疲れ様です。教祖様」

「ん、お疲れ。あの様子じゃ教団はもう長くないな。今の内に資金集めだけしておいて」

「承知しました。……1つ、教祖様に本音でお答えいただきたいのですが」


 彼女は教祖とも親しく、本音で語り合える仲だった。


「なに?」

「教祖様でも、“最初の6人”には敵わないのですか?」

「当たり前だろ。正直、俺からしても異次元の強さだよ、彼らは」


 青い長髪をポニーテールにしている長身の女性の質問に、彼はあっさりと答えた。


「50年前、と呼ばれたあなたが、ですか?」

「昔話を持ってこないでよ。そりゃ俺も当時としては強かったよ? デストロイ・メテオだって3発は撃てる魔力量あったし、テレポートも使えたし。剣士としてもそこそこの腕前だった。世界で3本指? 5本指? それくらいだったけどさ。魔法も剣も、たった10歳の子供にすら敵わない。彼らが苦手な方で補えばいい? その程度の差じゃないんだよ、あれは」


 彼は若い時の口調そのままに、諦観した様子で語る。

 彼は昔世界屈指の探索者でもあった。それ故に彼らが如何におかしいことをしているかが理解できてしまうのだ。だからどうあっても彼らに勝つことはできないのだとわかってしまうのだ。


「そうですか。では――?」


 彼女の問いに、彼は即答できなかった。


「……今は、勝負にならないかな」


 少し間を置いて、彼は言う。それだけの実力が彼女にはあった。今は――つまり富士山のダンジョン攻略前であれば答えが変わっていただろう内容に、彼女は笑みを浮かべた。


「そうですか。それはなによりです」

「彼らと同じように深層ソロ攻略なんて真似ができるは、紅葉くれはしかいないわけだからね」

「ええ、そうですね。……もしよろしければ、彼らと接触しても?」

「好きにしたら? あぁ、そうだ。牙呂君の好みって紅葉みたいなタイプらしいし、縁を作ってもいいよ?」


 下心満載で、彼は孫娘に告げた。


「彼は……必要ありません。私に必要な要素があるとすればそれは――」


 紅葉は感情ではなく、自身が持っていない要素として述べる。


でしょう」


 まるで獲物を定める肉食獣のように、彼女は笑っていた。


「……なるほどね。まぁ好きにしなさい。お爺ちゃんとしては、ちゃんと恋愛して欲しいんじゃがのう」

「急に老人口調にしないでください。私は時期を見て日本へ飛びます。……それで、教団はもう潰してしまっても構わないのですか?」


 彼がゾッとするほどの圧を放って、彼女は言う。


「あぁ、いいよ。ただし直接手を下す必要はないかな。ま、紅葉の目的に上手く利用してあげて」

「承知しました」


 教祖のあっさりとした返事に、紅葉はお辞儀して応えるとテレポートで姿を消した。


(100人いる妻の、孫はえっと、何人だったっけ。500人はいたはず。兎に角、その大人数の中で探索者として完成されてるのは紅葉だ)


 姿を消した孫娘のことを想う。

 最強の魔法剣士と称された彼と、身の丈もあるほどの戦斧を振り回すパワーファイターだった祖母、その娘である魔法と膂力を組み合わせた上で高速移動を得意とした母と、察知能力と短剣や肉弾戦など近接戦闘に長けており魔力量を補うために魔力操作を伸ばした父との間に生まれたのが、紅葉である。

 優秀な両親祖父母の力を受け継いだ彼女は、武器の扱い、魔法、膂力、魔力操作、高速移動、察知能力、それら全てに長けた上でそれら全てを組み合わせて戦闘することができる。


 強さの完成に近しい彼女は、もっと優秀な子を産みたいという夢があるらしく。


(ま、好きに生きたらいいさ。俺がそうしてきたように、ね)


 孫娘の行く末がどうなるかは読めないが、どうなってもなに不自由なく生きられるだけの資産と伝手だけは残しておこうと思い、彼は行動を開始するのだった。

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