凪咲のリベンジマッチ
奏&凪咲のコンビチャンネルにて、新たな配信が開始された。
「やっほー」
映し出された画面には、装備を身に着けた凪咲が笑顔で手を振っている。
“やっほー”
“こんにちは”
“今日も可愛い”
“リベンジってなに?”
“後ろのってボス部屋?”
“どこのダンジョンにいるの?”
画面の背景にはボス部屋の大きくて荘厳な扉が映っていた。配信開始からいきなりボス部屋前というのは非常に珍しいことで、疑問に思う者も多い。
普通はダンジョンの入り口か、メインで攻略している階層の入り口から始まることが多いのだが。
「今日はタイトル通り、リベンジマッチをやっていくよー。リベンジする相手は見ればわかると思うから。この扉の奥にいるボスだね」
“リベンジってことは、凪咲ちゃんが負けたボスってこと?”
“そんなヤツいたっけ……”
“ボス自体に苦戦した記憶はない”
“ソロ討伐できなかったボスとか?”
“それもいた覚えないんだが……”
“ボス戦で苦戦したと言えばアレか?”
凪咲の配信を長いこと観ているコメント欄でもぱっとは思いつかない。と言うより、凪咲がボス戦に挑んで苦戦、敗戦したのはたったの1度だけ。ただリベンジするような負け方ではなかったため、ピンと来ていないのだった。
凪咲はそんなコメント欄の困惑を楽しむように、答えを与えずボス部屋の扉を押し開く。
入ったボス部屋は真っ暗だったが、壁に立てかけられた松明が順に灯っていくことで鎮座しているボスの姿が露わになった。
“え?”
“このボスって”
“まさか……”
“五反田のダンジョンじゃない!?”
部屋の奥で鎮座していたのは、黒光りする甲殻を持った2本の足で立つ昆虫。
凪咲の配信を観ている視聴者ならその姿を観ただけでピンと来るほど印象に残っているであろうボス。
なにせ彼女はここで死にかけたのだから。
「……4年前くらいかな。魔法禁止程度で負けたことが悔しくて、ずっとリベンジしたかったんだよね」
“程度って……”
“あんた魔法使いやろ”
“トラウマががが”
“でも今の凪咲ちゃんにはエーテル・ブラスターもあるし”
“そうだった”
“魔法だけじゃない!”
視聴者のトラウマを抉りそうな場面だったが、富士山のダンジョン攻略を経て成長した凪咲ならと考え始める。それに彼女が勝算もなく挑む探索者ではないことも知っていた。
「ま、そんな感じ。それだけじゃないけど、アタシが強くなったところ、見せてあげる」
凪咲はカメラを振り返って不敵に笑い、杖を構える。
昆虫怪人は、彼女が最初に訪れた4年前と変わらず侵入者である彼女を見据えると、素早く突っ込んできた。いくら富士山のダンジョンで成長したと言っても身体能力が劇的に上昇したわけではない。が、それよりも早くボスに魔力弾が放たれた。
避ける暇すら与えない速度と、敵を吹き飛ばして壁に叩きつけるほどの威力の魔力弾だ。4年前とはなにもかもが違った。
「これが今のアタシの、ただの魔力弾。どう? 痛いでしょ」
魔力弾が当たった腹部が抉れている様子を見て、凪咲は不敵に笑う。
“うおおぉぉぉぉぉぉ”
“つっよ”
“魔力弾って魔法より威力弱いんじゃなかったっけ?”
“もうこれ連発したら勝てるじゃんw”
“魔法なしで深層のボス楽勝とかおかしいwww”
“魔法を封じられた魔法使いの深層ボス無双”
“意味わからんくて草”
「流石に貫通とまではいかなかったわね。でもホントはこれだけで充分だし、
起き上がりキチキチと歯を鳴らして怒る敵に、告げる。
「散々甚振ってくれたお礼よ。魔法が使えなくたって、アタシは魔力以外の力を持ってるんだから。あんた如きには勿体ないけど、使ってあげる。今のアタシの本気で、跡形もなく消し飛ばしてあげるわ」
意味深なセリフを口にした。
“えっ?”
“魔力以外ってことはまさか!?”
“神力をここで使うのか!?”
“秘密にしてた力をこのリベンジマッチで!”
コメント欄が騒然としている。当然だ、新しい情報が出るような配信だとは思っていなかったのだから。
凪咲は得た神力、加護についてあまり情報を公開していない。新たな力ということで慎重になっていた部分もあるが、実際に使って制御できると確信してから見せたかったのだ。
「――『ソロモン』」
凪咲の唇が、彼女の授かった加護の名を紡ぐ。
凪咲の瞳が青白く輝き、右手の人差し指に指輪が現れ、杖を持っていない左手に書物が出現する。
“本出てきた!?”
“指輪もしてるか、ソロモンなら当たり前かもしれないけど”
“目が光っててなんか凄い力っぽく見える”
“草”
“これが神力の初お披露目やぞ”
“凪咲ちゃんの新モードお披露目配信だったか”
“神モード”
雰囲気の変わった凪咲に、ボスは戸惑っていた。いや、得体の知れない力を目にして警戒しているのだろう。
「正しい反応だわ。けど、もうあなたの未来は確定したの」
凪咲は笑みを浮かべたまま言うと、魔導書が輝き出す。
「――
唱えると、彼女の前に紅蓮の炎で出来た、尻尾が蛇になっている狼が現れた。
敵はマズいと思ったのか大きく後退したが、直後炎の狼が吹いた焔の津波に呑まれる。
“すっげ”
“広がる速さヤバくなかった?”
“これが神力”
“ソロモン72柱の名を冠してるってことは、これと同等の力があと71個あるってことだな”
“おかしいって”
炎の津波が消え去ると同時に狼も消えていったが、後にはなにも残らなかった。いや、ダンジョンの壁が炭になって崩れていたが。ボスの姿はどこにもない。
「だから言ったじゃない。跡形もなく消し飛ぶ、って」
凪咲は言ってから『ソロモン』を解除したのか、元に戻る。
“あっさりいったなぁ”
“おめ”
“リベンジ成功だね”
“この様子なら結構前からいけてたなw”
“ダンジョンの壁が炭になって崩れるほどの火力をあの一瞬で出すのイカレてるよ……”
“これは世界最強の魔法使い”
拍子抜けするほどの結果に、視聴者は苦笑半分で凪咲を称える。
「それじゃあ初お披露目も兼ねて、アタシの『ソロモン』について説明するね」
凪咲はカメラに笑顔を向けると、歩きながら語り始める。
「『ソロモン』の能力は主に3つ。見た目が変化するからわかりやすいけど、目に関するモノ、指輪、魔導書だね」
これまで秘密にしてきた内容を滔々と語っていく。
「目は、魔力と神力が視えるようになって、その2つの力が由来になってるモノを視た時に解き明かせるようになってる。わかりやすく言うと初見の魔法でもどんな魔法かわかっちゃうってこと。あと少し先の未来が視えるかな。この能力だけは普段から自由に発動できるよ」
“魔力と神力のエキスパートになれると”
“しかも未来視まで伴ってなw”
“文字通りのチートだな”
“魔力が視えるのも魔力操作に関わってきそう”
「指輪は、有名だからなんとなくわかるかな。ソロモン72柱の悪魔を使役できる指輪が元になった能力だね。こっちは『ソロモン』を発動して指輪を出しておかないと使えない。さっきは見せるために出してたけど。悪魔を召喚できるようになるね。消費が激しいからまだあんまりかな」
“やっぱソロモン72柱、ですか”
“厨二の夢が詰め込まれてる”
“とんでもない能力だよな”
“そう考えるとソロモンってマジの化け物”
“これで本体は知恵者とかいう頭おかしい存在だからまぁ”
“他が神だったのに並び称されてる時点でお察しよ”
“悪魔召喚してみて欲しい……”
“どんな姿なのか気になるw”
「最後の魔導書は、これも有名だね。グリモワール。書かれてる内容を基にした5つの分類の魔術が使えるんだよ。これも指輪と一緒で魔導書を出しておかないと使えないね。さっき使ったのもこれで、悪魔の名前を冠するある種の魔法が使えるよ。まぁ魔力じゃなくて神力で組み上げてるから厳密に言えば魔法じゃないし、魔法の上位互換みたいなモノって思ってもらえばいいかな。アタシが初めて使ったし、魔術って呼ぶことにするね。紛らわしいから分けるだけだけど。1つ目のゴエティアが悪魔を関する魔術を使えるようになるモノだね」
“グリモワールに書かれた内容を魔術に?”
“なに書かれてたっけ”
“悪魔、天使、精霊、星に関する魔術とかだった気がする”
“語り始めると長くなるヤツ”
“詳細は考察スレに頼んます”
“諦めてて草”
「さっき使ったのはアモンだったけど、あれは火を吹く狼の姿にしたヤツだから。他にもワタリガラスの姿をした炎を飛ばしたり、梟の頭をした人型にして戦わせたりできるんだよ。悪魔が姿を変える逸話に則ってるんじゃないかな」
“しかも使い分け可能だと……?”
“一々形まで指定しないといけない魔法とは違うのな”
“上位互換の魔術と言います”
”さっき決まったヤツやろドヤるなw”
「ま、こんなところだね。これからも他の皆が配信とかで公開してくと思うから、楽しみにしてて。アタシに匹敵するくらいヤバいのは……ロアちゃんだと思うけど」
“!?”
“ロアちゃんが!?”
“そういや戦闘ができるようになったんだよな”
“『デウス・エクス・マキナ』機械じかけの神などと言われているが、実は神じゃなくてただの演出技法”
“響きがカッコいいのでヨシ!”
“草”
“楽しみだなぁ、ロアちゃんの初ダンジョン攻略配信”
最後に他の宣伝もして、凪咲は能力について語りつつ配信を終えるのだった。
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