配信が終わって

 虎徹ちゃんを含めた第二陣のパーティが結成した配信の終了後。


「で、アタシ達のサインだっけ?」


 凪咲が今も床に崩れ落ちたままのマオーさんに尋ねる。彼女はばっと顔を上げた。


「は、はい! ……えっと、色紙持ってきます!」


 そしてそのまま猛ダッシュで部屋の外へ出ていった。おそらく待機してもらっていた別室に向かったのだろう。


「なんかごめんね。マオー様は富士山のダンジョン攻略配信を見てキミ達のファンになっちゃったんだって」


 フラメルさんが苦笑しつつ補足する。謝るようなことではないと思う。実際、ファンの存在は嬉しいモノだ。俺は他と違ってファン獲得に尽力してない、どころか気に入らないヤツはとことんBANしているくらいだし。配信の内容や頻度もあるが、視聴者数や登録者数が伸び悩んでいるのも仕方がないのだろう。まぁ俺は人気になることではなく配信をしてはっきりと意見を述べることが目的だったわけで、もう達成されているからな。


「オレは構わねぇが、村正ってサインないよな?」

「ん? ああ、書くことなんてなかったからな」

「村正っつう名前と、なんかマークになりそうな、簡単に描ける模様とかを混ぜたりセットにしたりするといいぜ」

「先にアタシ達が書くから参考にしてもいいよ」

「助かるわ」


 サインなんて書く機会はなかったので、なにを書けばいいのかよくわからない。経験者の見本は非常に助かる。


「お待たせしました!」


 紙袋を抱えたマオーさんが戻ってきた。


 凪咲からさらさらっと書いていく。奏は書かないのか、2人分だ。

 名前と2人のデフォルメキャラ、そしてマオー様へという宛名がある。


「はい、どうぞ」

「っっっ……!」


 色紙を返されたマオーさんは目を輝かせて大事そうに色紙を紙袋に仕舞い込む。


 次は牙呂。牙呂の戦場というチャンネル名をカッコいい字体で書きつつ、“の”に傷をつけたり左上と右下に二刀のそれぞれを書いていた。厨二チックだ。


「ほらよ」

「ありがとうございます!」


 そういう意味では同類だし、そうでなくとも心から嬉しそうだ。


 桃音は桃音聖域という当時視聴者からの案で決まったチャンネル名を可愛らしい字体で書き、聖域を表現するために結界らしき紋様を描いていた。


「どうぞぉ」

「ありがとうございます!」


 そして俺の番。

 色紙を渡されたが、そんなに期待の眼差しで見られてもいいサインが思いつかない。


「んー……。と言っても名前以外になにか、武器でも描くか」


 とりあえず大きめに村正と書いて下に線を引く。武器に銘を彫るために習字で綺麗な字の形を学んでいたので、人に見せても恥ずかしくないとは思う。


「なにか描いて欲しい武器とかあります?」


 仕方なく、渡す相手に聞いてみることにした。


「いいんですか!? そ、それならフレアブリンガーでお願いします! あとタメ口でお願いします!」


 マオーさんは興奮した様子で言う。フレアブリンガー、つまり初配信時の一番最初に出てきた武器だ。富士山のダンジョンに挑戦する時も使ってなくはなかったが、他にも色々使っていたので間違いなくそこだと思う。


「了解」


 武器の造形はいつでも頭に浮かんでいる。だから描くのは簡単だ。ものの数十秒でさらさらと描き、最後に「マオー様へ」とつけ足して色紙を返した。


「ふおおぉぉぉぉ……!」


 どうやら気に入ってくれたようだ。感激している。


「家宝にします!」

「そこまでしなくてもいいんだが」


 苦笑で返してしまったが、嬉しそうなのはいいことだ。


「ロアさんも是非!」

「私も、ですか?」


 俺が最後かと思ったら、そういえばロアも含めた6人のファンという話だったか。当人は困惑していたが、


「いいんじゃないか? 折角の機会だし」

「マスターがそうおっしゃるなら。マスターのサインの横に書かせていただきます」


 ロアは色紙を受け取ると、さらさらとサインした。綺麗な字だ。AIだからだろうか。正確な筆記体だった。


「ありがとうございます!」


 マオーさんは嬉しそうに色紙を眺めると、紙袋にしまって大事そうに抱える。


 俺達がマオーさんとやり取りしている間に、他の面々も話し始めていた。


 凪咲はやっぱりフラメルさんと。牙呂は双子のナタ君とハルちゃんと。桃音は夜鞠さんと。奏は虎徹ちゃんに話しかけられていた。

 面白そうなので、奏と虎徹ちゃんのところへ行く。


「奏さん久し振りですね」

「ん」

「最近どうですか?」

「まぁまぁ」


 奏の素っ気ない返事にもめげず、虎徹ちゃんが話しかけている。


「なんだかんだ、高校生の時以来じゃないか?」


 実はこの2人、元々知り合いである。小学生の頃に俺経由で知り合った仲で、仲がいいかと言われれば正直微妙。虎徹ちゃんは気にしていないのだが、奏が苦手意識を持っているという珍しい相手ではあった。


「マサ」


 俺が入ったことで、奏はあからさまにほっとした様子を見せる。


「マサさん! はいっ、奏さんと3人でご飯食べに行った時以来ですね」


 虎徹ちゃんは兜を取った素顔をにこにことさせていた。


「ああ。虎徹ちゃん、良かったらパーティメンバーと話してきたらどう? 俺達はいつでも話せるし」

「それもそうですねっ。マサさん、奏さん、また今度です」


 虎徹ちゃんは手を振って離れていった。


「……相変わらず、虎徹ちゃんが苦手なんだな」

「ん」


 声を潜めて言うと、こくりと頷いた。


 まぁ奏が一方的に負い目もあって苦手だという関係だ。

 2人の出会いは最悪も最悪。俺が虎徹ちゃんと初めて会って手を繋いで歩いていたところを奏が目撃、年上のお姉さんだと勘違いした挙句に剣を持って襲いかかり、怪我をさせて虎徹ちゃんを泣かせるという事態に。流石の俺も本気で奏を怒った。見た目は大きいが、虎徹ちゃんは当時小学2年生の女の子。完全に奏が悪かった。

 虎徹ちゃんは気にしていないのだが、奏はそれ以降虎徹ちゃんに強く出られないでいると。


「へぇ、初めて知ったかも。奏に苦手な人がいるなんてねー」


 そこに凪咲が登場。聞いていたらしい。


「奏の様子がなんか変だなーと思ってたから、やっと納得できた。あの奏がマサ君と女の子のオフコラボで騒がないわけないし」


 流石奏の親友、気づいていたようだ。理由は兎も角として。


「凪咲うるさい」

「奏の弱みなんてマサ君関連しかないと思ってたんだけど」

「凪咲の一番の弱み暴露する」

「そんなのあったっけ?」

「……凪咲のパソコンに入ってる資料用フォルダの中身」

「わーっ!! 待って待って、それホントにダメなヤツ!?」


 どうやら痛み分けで話し合いを終えたようだ。

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