回想:奏と村正
物心がつく前から、奏は身体能力の高い子供だった。
よく親バカな人が「うちの子天才!」と言い出すことはあるが、こと奏に至っては親バカに当て嵌まらない。
幼少期、まだ立つこともままならなかった頃。
奏が棒を持って振り上げた瞬間、目の前にあったテレビがすっぱりと両断されたという逸話がある。
両親はその時から彼女に棒状のモノを持たせず、斬ることに関して異常な才能を持っているのではないかと懸念して刃物、カッターやハサミまでも一切持たせようとしなかった。
ただ力があるならきっと探索者になるだろうと、将来は凄腕の剣士になるに違いないと話していた。
ダンジョンが出現しこの世に魔力が現れてから、こういった幼い頃のとんでもエピソードを持つ者は増えてきている。
ある研究者の一説によれば、人類に魔力が馴染んできている、という。
事の真偽はさておき、人類の身体能力が底上げされてきているのは確かだった。
そのため周囲にも充分強い子供はいたのだが。
残念ながら奏に並ぶ者はなく、園児時代彼女は頂点に君臨していた。
始まりはやんちゃな子供達が外で遊び回っている時、「うるさい」プラス枝の一振りで全員吹っ飛ばして黙らせたこと。
それからもちょっかいをかけてくる男の子や悪ガキを中心にボコボコにすることで、入園して半年も経たない内に地位を確立していった。
彼女が四歳になった時。
園児達とのバトル()を経て力加減を覚えていった奏に、両親は剣をプレゼントした。
年齢からすれば早すぎるプレゼントだが、両親が知り合いの鍛冶師に相談したところ、本物の剣を振らせてみたらどうかと言われたのだ。
本物の剣を使うことで奏の実力がわかり、場合によっては探索者の大人に手解きを受ける必要がある、と。
探索者管理協会へ連絡して事情を説明すれば力になってくれるかもしれないとも言われた。
精神面での成長は兎も角、剣士としての成長について両親は力になれない。そこで鍛冶師の言う通り剣を渡して人気のない場所で素振りさせてみることにした。
奏の身体はようやく剣を振れる歓喜に打ち震えていた。
奏自身、両親の期待に応えられる瞬間を心待ちにしていた。
剣を持ち、鞘から抜き放ち、柄を小さな両手で握って。しかし四歳になったばかりとは思えないほどの風格を纏い、剣を振り上げて、森の木々に向けて振り下ろした。
高速で振り下ろされた刃が、彼女の前にあった木々が真っ二つに割る。綺麗な断面を見せて左右に倒れていく木々は数十メートル先にも及び、斬撃が飛んだというのに斬れるまでのラグが一切なかった。
異常なまでの強さを目の当たりにして、両親はぽかんと口を開けて唖然とする。だが我に返ると自分達の見立ては間違っていなかった、間違いなくトップレベルの剣士になると確信し嬉々として奏の方を見た。
――のだが。
パキン、と彼女の振るった剣が半ばからへし折れる。
剣が不良品だったわけではない。
ただ、奏の剣技に剣がついてこれなかっただけのことだった。
剣士として最適な身体をしている奏は、完成された剣でなければ満足に振るうことすらできない。
それからも両親が用意してきた剣を複数回試した結果出した結論だった。
両親の知り合いである鍛冶師に依頼して造ってもらった剣も同じ結果に終わった。
剣を振るう度、新たな剣と出会う度、そして振るえばへし折れる剣を見る度。
奏は剣士になることができないのではないかと思い、次第に剣を振ることをやめるようになっていった。
剣を振る度に失望してしまい、嫌気が差してしまったのだ。
両親はそんな奏の心境を察して、状況を変えるために色々な剣を用意したのだが、用意する度に失望は重なり、もう剣はいらないと言い出すほどになってしまった。
そんなある日のこと。
奏がぼーっと座って外で遊ぶ子供達を見ていた時のことだった。
「……っ」
不意に、剣の振るう音が聞こえてきた。
驚いて辺りを見回し、音の出所を探る。
そこにはいつか奏に突っかかってきた悪ガキ2人が、折り紙の剣を手にしていた。
違うかとも思ったが、他に剣らしきモノがなかったため注視していると、折り紙の剣を持った1人が片手で、びゅっと剣を振るった。
折り紙の剣だというのに、空気を切り裂く音は本物の剣そのモノ。
異常な剣だった。一目見ただけではわかりづらいが、普通の折り紙ではない。いや素材は折り紙だが、おそらく作り方が違う。
「このけんすげー!」
「つぎ! つぎかしてくれよ!」
「もういっかい、もういっかいだけ!」
実際に折り紙の剣を振っている2人もその違いに気づいているのだろう。はしゃいでいた。
奏はゆっくりと2人に近づいていき、声をかける。
「ねぇ」
奏が声をかけると、2人はびくっと身体を震わせた。
「な、なんだよ」
「なんかよう?」
奏に敵わない2人は慌てたように答えて、折り紙の剣を後ろに隠す。
「そのけん」
「なんだよ、やらないからな!」
「そうだそうだ!」
奏が言うと、2人は取られると思ったのかそんなことを言った。
「どうやってつくったの?」
「し、しらないね!」
「これはおれたちがもらったんだ!」
貰った。つまり他に作った人がいるということ。
「だれがつくったの?」
「むらまさだよ!」
「いつもきょうしつでいろんなのつくってるへんなやつ!」
「だれ?」
奏は告げられた名前に心当たりがなく、こてんと首を傾げた。2人は顔を見合わせる。
「しらないのかよ」
「おんなじくみじゃん」
どうやらそのむらまさという子は奏と同じクラスだったらしい。
現在でもその傾向はあるが、興味がないことにはとことん興味がない奏であった。
「そう」
同じ組とわかれば話は早い。奏は早々に立ち去って自分の組の教室に戻っていく。
戻ってきた奏は早速、むらまさを探す。と言っても色々なモノを作っているような子を探してむらまさかどうかを聞くだけだ。
いや、聞いて回る必要はなかった。
「〜♪」
床に両足を伸ばして座り込み、足の間に広げた色々な紙で工作をしている子がいた。
周りで見ている子もいるが、話しかける様子はない。ただ1人で、誰に見せるでもなく上機嫌になにかを作り続けている。
確かに変なヤツと言われてもおかしくない。
奏はそんな男の子に近づき、声をかける。
「ねぇ」
だが、彼は見向きもしない。
「……むらまさ?」
少しむっとしながら名前を呼んでみるが、無反応。
「……」
手頃な棒で攻撃すれば気づくだろうかとすら思っていたところに、遠慮がちな声がかかる。
「かなでちゃん。むらまさくんはつくってるときこえとかきこえなくなるから」
集中しすぎて周りの声が聞こえなくなるらしい。いくら声をかけても身体に触れても全く反応しないという。
仕方がないので、奏は村正の工作を見ていることにした。
今作っているのは、おそらくモンスターだろう。
画用紙を切ったり貼ったり丸めたりして形を作っている。
工作は鋏という刃物を使う都合上、奏は基本的にしない。今は加減を覚えているが、鋏で紙を切ったらその先にある棚や人まで切れてしまう、なんていうことになりかねないからだ。
それでも彼の手際が凄まじくいいということはわかった。迷うことも手を止めることもなく、そして間違えることもなく。彼が思い描いているであろう理想の形になっていく。
「……」
奏が他人に対してこんな感情を抱いたのは初めてだった。
「……すごい」
目の前で作り上げられていくリアルな立体ドラゴンを眺めている内に、自然と出た言葉だった。
休み時間が終わる前に、ドラゴンは完成する。
そして、そのドラゴンは翼を羽ばたかせて、教室を飛び回り始めた。
小さなドラゴンの誕生に、教室のあちこちから歓声が上がる。
まだ理解していないことだが、ドラゴンには魔力が込められていた。その魔力がただのリアルなドラゴンに、飛翔して動き回る力を与えたのだ。
そこには緻密な魔力コントロールがあり、彼もまた飛び抜けた才能を持っているとわかる。
「むらまさ」
奏が改めて名前を呼ぶと、男の子はようやく彼女の方を見た。
「? うん。むらまさはぼくだけど?」
彼はきょとんとした様子で言う。本当に最初声をかけた時は聞こえていなかったらしい。
「ドラゴン、かっこいい」
奏が言うと、彼はぱぁと顔を輝かせた。
「ほんと!? えへへ、ほんものみたことないからずかんのままだけど、うまくいったんだー」
村正は無邪気な笑顔でにこにこと語る。心から楽しんでいるのを見ていると、少し羨ましくなってしまう。
「どうやってつくってるの?」
「えっとね、おとうさんが、かじをやるにはまりょくをあつかえないとダメだっていうから、れんしゅうしてるんだ」
「かじ?」
「うん! ぶきとかぼうぐとかつくるひとのこと」
武器を造る。それを聞いて、奏ははっとする。彼に声をかけようと思った理由は、もしかしたらという予感があったからだ。
折り紙ですら本物だと錯覚するほどの完成度を誇る彼の造った剣なら、もしかしたらと。
しかし逆に無理だった場合、期待した分余計に失望してしまうのではないかという不安もあった。
「……けん、つくれるの?」
それでも一縷の望みをかけて、奏は尋ねる。
「うん! おとうさんがかじしてるとこみてたから!」
彼は無邪気に言った。……因みに。やったことがあると言っていないので、実際に鍛冶をしたことはないのだが、本人は確信を持って言っていた。
「けんつくってほしいの?」
「うん」
「そっか! おなじくみのこのためなら、おとうさんもきっとゆるしてくれるよ!」
そう告げる村正を、奏は少し怖いと感じる。
この時の村正にとって自分がなにかを造る時は、自分が造りたいからという一点でしかない。目の前にいるのに自分のことを見ていない、そんな感覚を覚えたのだった。
こうして異常な剣士と異常な鍛冶師は邂逅した。
そして村正が打ってきた剣を試しに、奏は休みの日を利用して森へ入る。
「はい、どうぞ」
一緒に来た村正が造ってきた剣を手渡す。鞘に納められたシンプルな剣。四歳児が振るうにはやや大きいぐらいの、大人が使う剣より小さな剣。
だがその剣を目にした時、奏は少なからず高揚した。
……ちがう。
これまで振ってきたどの剣とも違う。完成度や技量ではなく、気配。奏が求めてやまなかった本物の剣。
奏は剣を受け取り、ゆっくりと鞘から抜き放つ。シンプルな直刃の剣。大人が持ったらショートソードになるくらいの小さな剣。
しかし、奏の剣士としての直感が彼女を高揚させる。ぞくぞくとした興奮が背筋を上がってきた。
奏は両手で柄を握り、大きく振り被る。ただ振り下ろすだけでなく、本気で振るう。
身体が言っている、これが求めていた剣だと。
確信があった。
――この剣なら、思い切り振れる。
4歳児ではあり得ないほどの剣速で剣が振るわれ、奏の前方数十メートルに渡り無数の斬撃が放たれる。瞬く間に木々が細切れになった。
「……」
村正はその光景を見て、驚きに目を丸くしていた。自分の武器が凄いのではなく、目の前の少女こそが凄いからこそ起きた現象を。
「おれてない、いいけん。ありがとう、まさ」
奏渾身の一振りを受けて尚、村正の剣は折れていなかった。
奏は遂に出会った剣を下ろして村正を振り返り、晴れやかな笑顔を見せる。
この時に初めて、村正は奏の笑顔を見た。いつも仏頂面でいる奏の笑顔を。
「でしょ!」
村正も笑顔で返す。
これが、彼が初めて人のためになにかを造り、その多大なる成果を実感した日でもあった。
その日を境に2人は急激に仲良くなり(主に奏から)、日々を過ごしていく。
そんな2人が、魔法に長けた少女とかけっこが最も速い少年に出会うのは、少し先の話である。
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