リゾート地PR案件⑤

 夜更け、画面が暗転した中で音声だけが聞こえる。


『ねぇねぇ。なんか皆で一緒に寝るのって修学旅行以来じゃない?』

『そうですねぇ。広いベッドで良かったですぅ』


 女性陣の初日夜の会話である。事前に確認、編集してから渡しているそうだが、聞いていい内容があったらしい。


『こういう時にする話と言えば……やっぱり恋バナじゃない!?』

『マサ。終わり。寝ていい?』

『始まってもいないのに終わらせようとしないで!?』


 こっちでも似たような話をしていたらしい。流れるってことはこっちみたくガチの話はしてないのか。


“奏ちゃんwww”

“聞く方には興味なかったかw”

“というかこの面子で盛り上がれるヤツおるんか?”


『あれ? もしかしてこの面子じゃ恋バナとかで盛り上がれない?』


 コメント欄とほぼ同時、映像の中の凪咲が気づいた。


“気づいたかw”

“マサ第一主義の奏、マスター一筋のロア、ガチ恋勢がいて話しにくい桃音”

“誰も盛り上がれねぇwww”


『逆に、凪咲ちゃんの話聞いてみたいですねぇ』

『えっ!?』

『聞くだけなのは狡い』

『奏は勝手に言っただけじゃん……。というかわかり切ってるじゃん……』

『世の中には言い出しっぺの法則というルールがあるようですね』

『ロアちゃんまで!?』


 どうやら凪咲の恋バナを聞く流れになったようだ。牙呂は努めて冷静に聞いている。まぁ決定的なことは言っていないからこそ流れているのだろうが。


“反撃されてて草”

“相手が悪い”


『アタシは……そういうのないし』

『え〜、ホントですかぁ?』

『な、なにがよ?』

『多分ですけど、この中で男の子の知り合いが一番多いの凪咲ちゃんですよぉ?』

『気になる人の1人くらいいそう』

『ネットには出回っていないようですね』

『本人のいるところで検索しないで!?』


 男の知り合いというか、知り合い全般だけどな。単純に交友関係が広い。


『ほら、あの子とか仲いいですよねぇ。同じ魔法使いの双璧君とかぁ』

『あいつはほら……男にしか興味ないって豪語してるから』


 双璧の片割れ、男の娘な彼は男性にしか興味がないと豪語しているらしい。そんなプライベートな話は調べないから知らなかったな。


『他の魔法使いは?』

『えぇ……。あんまり仲いいわけじゃないし、別に興味ないけど』

『コラボ相手は……あまり男性がいないようですね』

『だって変なの湧くかもしれないし。奏が興味なさすぎてコラボしようにも乗ってくれないし、だからと言ってアタシ1人でコラボする気もないし』


 割りときっぱり言うところも載せるんだな、凪咲にしては意外だ。


『となると、やっぱり2択ですかぁ?』

『はあ!? な、なんでそうなるのよ!? 2択とか、絞られるようなこと言ってないでしょ!?』


 おや、風向きが変わった。なぜだか妙に動揺している。


『やはり長い付き合い且つ、一緒にいる方ということでしょうか』


“おっ?”

“まさか…”

“おいおい、こんな話聞いていいのか?”


『まさか、マサ……?』

『ナイナイ。だからそんな怖い顔しないで』


“草”

“映像ないのが悔やまれるw”

“どんな顔してたんだ奏ちゃんw”


 まぁ当たり前だが俺は早々に候補から消えた。となるともう1人は。


『じゃあ健太君ですねぇ』


「健太呼びかよ!?」


“草”

“こっそり録音だってことだからプライベートなんだなw”

“配信始める前からの知り合いだししゃあなし”


『は!? な、なんであいつが……ないない、絶対ないから!』

『そう? あると思ってた』

『なんで!?』

『凪咲と一番仲いいのは健太』

『いや、そんなわけ……!』

『私からもそう見えましたが』

『いやいやいや!』


 牙呂こと健太の話題が、本人のいる前で繰り広げられている。本人は微妙な顔で画面を観ていたが。


『凪咲ちゃんがピンチの時、逸早く駆けつけて助けたのは健太君ですよぉ? 魔法禁止のボス戦とか』


“なんだか桃音ちゃん楽しそうだな”

“なんだかんだで恋バナ好きなんだなw”


『あー……。なるほどね、確かに傍から見たらそう思っても無理ない状況だったかも』


 一番の有力エピソードにも触れられたが、凪咲は動揺していなかった。……あれ、結構いい線だと思ってたんだけどな。


『あれぇ? 動揺しないってことはあんまりでしたかぁ?』

『残念でした。桃音がなにを期待してたのか知らないけど、アタシそんな簡単な女じゃないから』

『ふぅん?』

『なに?』

『もしかしてぇ、録音されてることに気づいたんですぅ?』

『!? な、なんのこと……?』

『私はロアちゃんからこっそり聞いたんですけどぉ。どうやらこの部屋に録音できる機械が置いてあるみたいでぇ』

『ふ、ふぅん? 全然気づかなかったわ』

『そういうことにしとく』

『ど、どういう意味よ』

『そのままの意味でしょうね』

『はぁい。じゃあ話も終わったので寝ましょうかぁ』

『ちょっと! アタシだけこんなモヤモヤしてて寝れないんだけど!?』


 どうやらロアが録音されていることに気づいていたらしい。それを、おそらく不用意な発言が一番できない桃音にだけ伝えていたと。となると、凪咲もどこかで気づいてはぐらかした可能性があるのか。

 モヤモヤする終わりだが、モヤモヤしているのは間違いなく牙呂の方だろうな。


『ねぇってば!』


 誰も返事しない中で凪咲の声が聞こえて、1日目の夜会話は終了した。


“? 結局どっちなん?”

“上手い流れ作りおって…”

“否定してたしなさそう”

“流石に動画に載せるから本心は言わんだろ”

“奏ちゃんは?”

“例外”

“草”

“男バージョンはないんか?”


「オレらはガチの話しすぎて全没にしたわ」

「どうせえっちな話でもしてたんでしょ」

「してねぇよ!?」

「気になる」

「してませんよー」


“草”

“マサのあしらい方よw”


 2日目に入り、海水浴。なんなら視聴者が一番楽しみにしているであろう水着シーン。


 ……は、想定以上にコメント欄が煩かったので割愛しよう。


 その後もBBQや3日目にクルージングなど様々な映像が約1時間の動画としてまとめられていた。

 行ったばかりだがもう1度行きたくなるくらいの映像だった。


 最後にこの夏からのリニューアルオープンということで、動画の画面に出てくるコードを入力すると割引が効くという宣言を行った。

 因みに予約開始は動画投稿日の今日、丁度動画が終わる頃である。戦略が上手すぎた。宣伝動画を出す企業はこういうタイミングまで考えているのだろうか。


 割引されても高い金額を支払わなければならないのだが、即日満室となるくらいの大盛況だったらしい。

 そら何百万という人が観ていたわけだからな。広い大きいとはいえ先半年は予約でいっぱいになったそうだ。

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